メディアに対する説明責任?

サッカー全般 ] TB:0 | CM:0 | 編集  2010/03/16(火)  22:00
3月16日の朝日新聞朝刊社会面に「岡田監督の声、届いてる?」と題した特集記事が掲載されていた。

記事の趣旨は
  • 4年に一度のワールドカップを前にして、日本代表の注目度は増している。
  • しかし岡田監督の慎重な発言はわかりにくく、記者には真意が伝わりにくい。ファンにも意図が伝わりづらい。
  • 協会広報部の「トルシエの時よりは、はるかに取材機会は多い」という発言を紹介。
  • 黒田勇・関大社会学部教授(メディア論)の「日本代表は今や私たちそのものという意識が国民にある。そのリーダーには国民の知る権利を担うメディアに説明責任がある」という発言を引用し、「1993年のJリーグ発足で人気に火が付いた日本サッカー界は、メディア対応自体が発展途上」
と締めくくっている。

黒田氏の主張の前提となっている日本代表に対する国民の意識云々は、そこまでサッカーが浸透することが理想だとは思うが、現状では甚だ疑問。なので論拠の基点が非常に希薄に思える。(野球ファンの人にこんな事を言ったらバカと言われると思う)
仮に国民にそういう意識があるとして、なぜ説明責任云々となるのか、リーダーシップとアカウンタビリティの理屈をここに持ち出さないといけないのか、意味がわからない。協会サイドが「ファンに説明してわかってもらおう」と自発的に考えるなら、それはとても良いことだと思う。だけどそれを外部の側が求めるという感覚がさっぱり理解できない。
さらに譲って、説明を求めることが是だとしても、現場サイドの代表監督にプレッシャーを掛ける様なことが有益だとは俺には到底思えない。(協会に求めるなら理解できるが)
ましてや、知る権利というなら、「知りたい人が知ること」が出来ればよいわけで、なんでその阻害要因でしかない「メディアに説明」という論になるのか。(メディア論って、メディア寄りの学問なのか?)

岡田監督が「メディアと話したくない」と思っているかどうかは知る由もないが、あることないこと書き立てるメディアに大して神経質になるのは当然のことであり、まずはメディアが「正しい報道をする責任」を果たすことが先決ではないのか。
その論点がないのにこんな記事を書かれても、
  • 4年に一度のワールドカップを前にして、日本代表の商売上の注目度は増している。
  • しかし岡田監督の慎重な発言はわかりにくく、派手な記事が書きづらい。
  • 日本代表は今やメディアのものという意識がメディアにある。国民の知る権利を担うという錦の御旗で飯を食っているメディアに説明責任がある。
  • 日本サッカー界の人気に火をつけてやったのはメディアなので、これからはもっとメディアが儲かるようにしっかり対応しろ
としか読めません。

どっかで聞いたことがある理屈ですね(^_^)
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