REDS Festa

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2003/01/26(日)  12:00
今日はですね~、「REDS Festa」ってのに行ってきました。レッズサポ以外の読者の方にご説明しますと、まぁ「ファン感」ですな。スタジアムの殺伐感とは無縁の、老若男女向けのイベントです。新入団選手や新しい背番号のお披露目とかがあってですね、まぁ、「しおらしいエジムンド」とかですね、そういう想像外のもの(笑)が見られるわけで。
これに行くの、いつ以来かな・・・前回は確か大宮サッカー場で、レディアとレディ子(謎)の結婚式があったんだよな。ウチはこういうイベントとかには興味はない方なんだけど、まぁ、息子も1回ぐらい連れてってやるか、と。

俺的には、上にも書いた「野獣見たさ」と、「ココで企画して頂いたオリジナルマフラー(※申し込みは終わってるよ!)の代金を払う」のと、「久々の休日、しかも好天とくれば、家でゴロゴロ休んでいるだけってのは我慢がならない」ってなわけで・・・。
そうです、要は、なんだかんだ理由をつけて走りに行ったわけで。自転車ね。んで、家族を残して途中で帰りました(ぉぃ)。

しかしまぁ、よ~く考えたら大晦日に走って以来なので、今年の初ライドだったわけで。ほとんど1ヶ月ぶりともなると、往復たったの20キロで肩は凝るし、眠くなるし。嗚呼イヤだイヤだ、トシだよねぇ~。
上の方↑で「若い順選手名鑑」なんて始めたのはいいけど、こりゃ天に唾吐くようなもんだな。(GEN)
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ピンチで発揮されるもの

家庭ネタ ] TB:- | CM:- | 編集  2003/01/19(日)  12:00
1週間前に「今日の昼間は暖かかったねぇ」と書いたんですが、さすがに1月、暖かい日はそう続きません。今日は子供のサッカー大会で、よみうりランドに行ってきましたが、空気がめちゃくちゃ冷たかった~。
仕事でお疲れモードだったんで朝はゆっくり寝ていたかったけど・・・月曜日の打ち合わせ用の資料とか色々やらなきゃいけない事があったけど・・・子供に「お父さんがこなかったら寂しいじゃん・・・」なんて呟かれちゃねぇ。

うちの息子、家での壮絶なやかましさからは想像しにくいんですが、結構内弁慶っぽいところがあって、いや、内弁慶というより「縁の下の力持ち」を自ら担うところがあるんですな。だから、あんまりみんながやりたがらないGKに立候補したり、フィールドプレイヤーの時も前にイケイケじゃなくてゴール前でカバーに回るタイプ。それが彼流の「男気」であり、同時に「積極性が今ひとつ」という感がなきにしもあらず・・・。
そう、長所と短所っていうのは裏返しだからね。

ところで、今日の大会では直前にメンバーのドタキャンがあって、10分間×3試合を常に1人少ない状態で戦わざるを得なかったんですよ。もちろん、交代要員なんていません。1年前のこの大会で、1歳年上を相手に3試合ボロ負けで大泣きした彼らにしてみれば「今年こそ!」っていう意気込みムンムンだったんだろうけど、いきなりのハンディキャップなわけで。
彼がGKを務めた1試合目は0-2で完敗。もう、お通夜(笑)。
で、2試合目は、クラブ内でいちばん上手でいつも得点している子がGKにまわったため、試合前から親も子も「点は獲れないかな・・・」という雰囲気。そしたらですね・・・どんな魔法にかかったのか知らないけど、みんなすごく積極的に動くんです。親の目から見れば、それはもう感動するぐらいに。
いつもは「幼稚園児独特のワーワーサッカー」の輪から少し離れてこぼれ玉をひろい、あるいはピンチでは真っ先に自陣ゴール前でシュートに備える息子も、前を向いて、ガンガン上がっていく。ドリドリつっかけて行く。ビシビシシュートを撃つ。ともすれば「遠慮」や「人任せ」になりがちだった彼の持つ責任感が、この試合では実にポジティブに発揮されて、これなら湯浅健二も太鼓判!というか(笑)。
いや、もちろん「所詮は幼稚園サッカー」「所詮は100人の中の目立たぬ1人」に過ぎない事はわかっているんだけど、親が自分の子供に注ぐ目はまた特別だからさぁ、親バカ、許してよ(笑)。
結局、1人少ないまま2-0で勝ち、2年越しの初得点はおろか勝利まで勝ち取ってしまったんだけど、息子はシュートを2本ポストに当てる活躍で貢献?(違)。

3試合目は終了間際に1点返す粘りを見せたものの、1-2で敗戦。1勝2敗で予選リーグ敗退だったんだけど、プレー云々より、息子を実に誇りに思えた1日でした。行ってよかった。(GEN)
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名古屋遠征準備継続中

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2003/01/17(金)  12:00
さて今週もまた仕事の日々だ。何しろ週末がアレだったもんで、ちょっとばかり鬱な週明けだな。しかしまぁ、ホテルに缶詰ではないので、今週もサカリの付いた獣の如く更新に精を出そう。(なんか変か?)

名古屋への段取りは固まりつつある(厳密には、固めて頂きつつある)が、どうも、早朝っつーか真夜中っつーか、そのへんの時間帯に自転車で家を出る事になりそうな悪寒・・・じゃなくって予感。
いや、名古屋までじゃなくて、出発地までって事よ?(笑)
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ストーブネタは飽き飽き

日常雑感 ] TB:- | CM:- | 編集  2003/01/13(月)  12:00
今日の昼間は暖かかったねぇ。家族で近所を散歩したけど、真っ青な空を見て、自転車に乗らなかった自分を激しく呪うぐらいの好天。この3連休、自分は普通の2連休だったし、家で仕事なんかしてたもんだから、なんか全然ツマラン。今は日曜日しか休みがない(しかも仕事を持ち帰ってたりする)けど、こんな風にサイト更新なんかする暇があったら、その時間をスポーツに回した方が全然いいんだが・・・。
考えたら、今年はまだ自転車に乗ってないじゃんか。大晦日の「大宮→葛西臨海公園→横浜」100kmランがラク~にこなせた後だけに、お腹のたるみが薄着で気になる事のない今の季節こそガンガン乗って経験値を上げたいんだけどな~。

・・・と、私のアウトドアの虫が騒ぎ出すくらいの好天でしたから、国立に5万人を超える観客が集まったのも当然。早いとこ各クラブ始動のニュースが聞こえてこないかな・・・という思いもひとしおです。
引退だ退団だ移籍だっていう殺伐としたネタはもういいから、「サッカー」そのものに早く触れたいわ~。とりあえず、大原で。(GEN)
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唯一無二のゴール

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2003/01/07(火)  12:00
「僕にとって『9』という背番号は重い番号であり、こだわりがある番号。
大きな責任を背負ってレッズのために戦ってきた。
若い選手も、この番号を背負い、責任感を持って戦ってもらいたい。」

----------福田正博


俺にとって「死にそうになるほど興奮したゴール」と言えば、99年11月17日の市原戦での終了間際の決勝ゴールを置いて、他にはない。
息が止まりそうな、頭が真っ白になるような、そんな唯一無二の快楽を体験させてくれた福田正博が、引退した。

正直を言うと、俺は「何が何でも福田正博」というわけではなかった。
それは、浦和が激弱だった93年、94年シーズンも、一転して浦和が躍進し、彼が得点王を獲得した95年のシーズンも、自分はまだTV観戦に留まっていたからかもしれない。その翌年からスタジアムに通うようになったわけだが、それ以降の福田は怪我がちで、「一緒に戦った」という実感があまり沸かない。
それでも、サッカーが、あるいはサポートが日常生活となっていった人にとって、93年、94年の激弱時代を乗り越えた後の95年の福田が(大げさではなく)生きる希望みたいになっていたのはなんとなく想像がつく。だから、福田と苦楽を共にする事がなかった自分に対して、実はなんとなく負い目のようなものすらある。

福田がチームに残した遺産って、なんだろう・・・。
それは正直言ってわからない。彼自身の言葉を借りれば「9番の責任感」という事になる。福田がアイドルだったユース上がりの若手が、9番への想いを語った事がある。あるいは彼なら、福田を(あるいは「浦和の9番を背負う事」の重さを)伝承してくれるのかもしれない。しかし、福田の存在と「勝利」が直結してこなかったのも、また確かな事実。もしかしたら負の遺産だってあるのかもしれない。

あぁ、俺はなんて嫌なヤツなんだ。野暮な事を言うのは、もうやめよう。
少なくとも、サポーターには多くの幸福な一瞬をプレゼントしてくれたじゃないか。いや、その一瞬は、いつまでも輝き続けるものだ。少なくとも自分にとって、市原戦のゴールはジジイになっても鮮明に思い出す事ができるだろう。
そう、結局、浦和レッズサポーターにとってのグレイテストプレイヤーである福田正博は、俺の中でも特別な存在だったのだ。

シーズン中は敢えて封じていた言葉を、今なら書き綴る事ができる。
福田、ありがとう。お疲れ様・・・(GEN)
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井原正巳が浦和に遺した物

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2003/01/06(月)  12:00
「引退」っていうのは、そのまま解釈しちゃうと「引いて退く」・・・。字面からは日本人的な謙譲の美徳みたいなものを感じてしまうんだけど、実際には競争の世界で退かざるを得ないというのも、特にプロスポーツの世界では残酷ではあるが現実なんだろう。
その一方で、「退いた後にどれだけのものが残っているか」が、その人の偉大さを(一面ではあるだろうけれど)端的に表すのだろう。
見方を変えれば、残された側が遺産を最大限に生かすという意志がなければ、本当にただ退く、という結果しか残らない。これができる組織は強いし、できない組織は弱い。これは、スポーツに限らない話だ。となると、実は偉大と平凡の違いは、残された者にかかっているのかもしれない。

井原正巳は、「2002年の代表に選ばれなかった事」「ナビスコに勝てなかった事」を悔いていた。
グッと来た。衰えぬ向上心、尽きぬ勝利への渇望・・・目に見えぬそれらこそが、井原正巳という日本のサッカーの歴史に残るに違いない男のエネルギーの源泉であったのだろう。このハート、浦和の地となり肉となって欲しい。

そして・・・福田正博は、何を残してくれたのだろうか。(GEN)
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京都に勇気をもらう

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2003/01/02(木)  12:00
我が家恒例の天皇杯決勝に、今年も観戦に行ってまいりました。
上の写真を見て「また自転車で国立まで?」と連想したアナタは甘い! 忙しくて思うように自転車に乗れなかった1年の締めくくりイベントとして、大晦日のうちに、カミさんの実家の横浜まで自転車で行ってました。それも、最短距離じゃ走り納めとしては物足りないんで、遠回りして荒川でわざわざ海(それも「河口まで0㎞」の表示のもっと先)まで行って、ゆったりまったりの~んびり・・・とした時間を過ごしておりました。
まあ、いわゆる命の洗濯というヤツですな。貧乏臭い規模ではありますが。

閑話休題。
京都がタイトルを取ったっていうのは、実に示唆に富んだ出来事じゃなかろうか、と思うわけです。
何がって、札束で作ってきたチームが方向転換を決意して、J2降格にも信念揺らぐ事なくその道を真っ直ぐ突き進んで、クラブ運営の方法論を変えただけじゃなく結果まで出してしまった。うーん・・・。
思い返して我らがレッズ。降格しても何も変わらなかったけど、それでも塚本社長就任以降(もちろん現在の犬飼社長も含め)は、失われた10年を取り返すべく、多くの案件を有限実行し、あるいは進行中なわけです。クラブのビジョンが見えているからこそ、浦和サポーターという職業を続けていけるわけですが、だからこそ、クラブとしての勇気ある決断と挑戦が天皇杯奪取に結実したという事実の素晴らしさが、ジェラシー交じりではあるけれども、京都の優勝を祝福せずにはいられない気持ちになるわけです。「俺たちは間違ってないぞ」と。「俺たちだって行けるぞ」と。

・・・京都を褒め殺しして鈴木慎吾に来てもらおうという姑息な作戦はこれにて完了(笑)。

もう一つ。どのチームとは言いませんが、「名誉会長の挨拶」「FIFAフェアプレー賞賞金のユニセフへの寄付セレモニー」の最中にデカ旗を広げるっつー卓越した自己顕示欲を発揮した方々には激しく呆れました、ハイ。スタジアムの雰囲気っていうのは、出来合いのイベントが司る物では決してないと俺も思うけれど、正直、俺は見習いたくはないな。
まぁ、王者の方々には王者の方々の考え方があるという事にしておこう。(GEN)
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