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2000年 絶対に1年で1部に復帰だ!

[赤]戦闘記録 ] TB:- | CM:- | 編集  2000/11/19(日)  22:00
と、多くのレッズサポーターの皆さんと同じように考える私たちではありますが。
だんなは、参加しているプロジェクトが本格化してきて、サッカーどころではなくなりそう。
一方のカミさんは、子育ての激務に加えて、ついに共働き開始!(ううっ俺の甲斐性がないばかりに・・・)

そんなわけで、Y2Kシーズンの[赤]戦闘記録は、疲労メーターとストレスメーターとともに綴っていきます・・・。

日常生活の心身の疲労とストレスを、金を払ってさらに増幅させる『めおとサポ』。
そんな私たちに、明るい明日はあるのでしょうか?
いや、それ以前に、今年は何回スタジアムに行けるのでしょうか? ・・・・・・


木登り立ち見も出る盛況 買っててよかった(笑)

3/19 湘南×浦和(平塚競技場)

何がつらいって、カミさんは、金曜日の深夜から早朝にかけてパートのお仕事。土曜日の午後は水泳のコーチ(これ、カミさんの本職)ですから、日曜日にサッカーを『観に行く』ならともかく、ゴール裏でやるのは大変なわけで。

それでもまぁ、カミさんとしても、サポーターとしての心根は変わらないので、今年はレプリカじゃなくて『赤・白・黒』の自前の服でやろうとか、アタシもウールマフラー買おうかなとか、そんな話題で開幕から盛り上がる二人ではあります。
(↓よって、とりあえず、こういういでたちになりました。しかし、俺、頭白過ぎ・・・。34歳に見えなさ過ぎ)

そんなわけで、今回はカミさんの実家に子どもたちを預かってもらう事ができたので、土曜日の夜には横浜入り(@カミさんの実家)して、試合当日の朝8時半に夫婦で新横浜を出ました。私はあの試合以来、カミさんに至っては、小野のFK一発で勝った昨年5月の鹿島戦@国立以来です。

ところで、朝8時半発という行動には一応自分なりのヨミがあって、カミさんの実家から平塚競技場まで1時間半ぐらいかかるのですが、2年前には、開門20分前に着いて立ち位置をなんとか確保・・・という状態でした。だから、カミさんの実家を8時半に出発すれば、並びの列には10時くらい(すなわち開門2時間前)には着くから余裕だろう、という事です。

ところで、この日の平塚競技場は超満員。
まあ、わかる気がします。地域への密着度を強める湘南ベルマーレ。他チームのサポーターをもてなす精神に溢れた湘南サポーター。開幕戦の大勝。前園の存在。3連休の中日。春の暖かな好天。「市原のフロントは、浦和と一緒に二部落ちしたかったと悔やんでいる事だろう」という声も随所で聞かれる始末。

しかし、しかしだ。
二部落ちしたチームの開門2時間前の並び列が、一部時代の開門20分前の状況より長いっつーのはどういう事だ?
寝坊したいという欲望に打ち克ち、花粉症の恐怖に負けず、2時間前から並んで良かった。いや、それ以前に、前売券を買っておいて本当に良かった~。

それにしても、『Great Escape』をパラパラ風に踊る半ヤマンバには笑った。
(つーか、なんか違うとおじさんは思うぞ・・・)

んで、逆転勝利に気を良くした二人は、子供たちがいないという状況をここぞとばかりにフルに活用して、その後『居酒屋→焼き鳥バー→ラーメン』という黄金ルートをハシゴ、デートを満喫(笑)したのでありました。
心地よい疲労感とほろ酔い気分。そして『速報J2』を見る間もなく爆睡・・・。

だんな的には、カミさんのストレスメーターが減少した事が最大の喜びだったりしますな、はい。(いやホント)

[オチ] 翌朝 家族の会話
父『お父さんとお母さん、昨日はデートだったんだ~♪』
娘『デートなら、もうちょっと奇麗な服着て行けばぁ~?』
父『・・・』

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嗚呼、勝利の女神様 おかげ様でストレス解消できました

5/3 浦和×大分(駒場スタジアム)

ゴールデンウィークにも仕事をしている方には誠に申し訳ないのですが、私は9連休の真っ最中。

ところで、しっかり働いてしっかり休むというのは理想ではあるのですが、連休前の私は、昼飯も食わずに午前様の毎日。いま参加しているプロジェクトでは進捗管理役をしているのですが、予定通りに進んでいた作業が、2週間会社を休んで復帰した時には2週間遅れていたという有り様(泣)。はいはいわかりましたよ私のせいですよ私が頑張って遅れを取り戻せばいいんでしょなどと言いつつ、「タイムキーパーがいないと遅れちゃうよな~わっはっは」とボスに言われたりした日にゃあ、誰もいなくなると守る気がない日程を人に組ますなー!と呟きながらゴミ箱を蹴飛ばしたりして。
おまけに、この4月に子会社から親会社に復帰して、かつての所属組織を『中から変える』立場から『管理監督する』立場になったりしたのも、あまり気分がいいものではありません。ビジネスの世界は厳しいでっせホンマ。

それでもまあ、今年はさすがに売れ行きが悪いレッズのチケット情報を横目で見ながら、連休中は絶対に駒場に行くべえ、と考えてはいたのですが、チケぴに行く時間もないし、カミさんは『ちょっと考えさせて』とか言うし、考えているうちに(しかもカミさんは結局連休中は子供を連れてお里帰り)チケットは完売するし、近場の大宮は平日開催だし(何考えとんじゃ?)、何の面識もない某大分系サイトに『頭悪い』呼ばわりはされるし、もうストレス全開でっせホンマ。

と、そんな私に救いの神が! 浦議で、私にチケットを譲ってくれるという方が見つかったのであります。
ああ、ありがとうありがとう。あっ、引かないで下さい。オヤジでごめんなさい。人相が悪くてごめんなさい。髭面(→本邦初公開。翌日には奇麗さっぱり・・・)でごめんなさい。これには深いわけがあるんです。などと頭の中で言い訳しつつ、ご対面場所の新宿駅構内にて無事チケットを手渡されたのでありますが、帰りの埼京線はポイント故障で止まってるし、代わりに乗った山手線は客が荷物を戸袋に挟んで出発が遅れるし、電車の冷房で下痢するし(←夏の本屋とともに恒例行事)、なんか前途多難だなぁ~・・・。

さて当日。
連休突入時の疲労は一掃されたものの、しばらくは無理しちゃダメと医者に言われている身には、東側でいきなり跳ねるのは危険と判断。西側で駒場リハビリ(?)をして水戸遠征に備えようという遠大なプランのもと、余裕ぶっこきの開門1時間前到着。それでも立ち位置を確保できるようになったあたりは、駒場に慣れたのか、単に図々しくなったのか。
それにしても、家を出た途端に雷雨に襲われ、並びの間は晴れ間が出ていたものの試合開始が近づくにつれて再び雷雨が激しくなり・・・。(試合中止に備えて半券取っといたもん)

などというモヤモヤを、試合が吹き飛ばしてくれました。TVを見ていると『勝ってはいるけれど不甲斐ない』という感想しか湧いてこない今年のレッズですが、目の前でゴールシーンを見せつけられると、やはり気持ちがいいものです。
数日前までは大分に対する対抗意識もなかったのですが、某大分系サイトのおかげで戦闘意欲も向上し、某前川選手と某ウィル選手への野次にも力が発揮できたし(ガラが悪くて申し訳なし)、試合には勝つし(これがないと全てぶち壊し)、ああ、これもチケットを譲ってくれたあの方のおかげ・・・。俺はなんて幸せなんだろう・・・。

我ながら単純だと思うが、戦うフィールドがJ1だろうがJ2だろうが、楽しめないというのは悲しいもの。おまけにストレスも一気に解消し、とりあえずはホクホク顔の私でありました。

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おはようタンポポさん こんにちはモグラさん

5/14 水戸×浦和(日立市民運動公園陸上競技場)

相変わらず『帰宅したら翌日』という生活が続いている私。ここ数日は、帰りの埼京線で見知らぬ方に『大宮に着きましたよ(はぁと)』と起こされる事もしばしば。(しかし、これはこれで酔っ払いと思われているようで恥ずかしい・・・)
こいつのおかげで体の抵抗力が弱っている私としては、駒場で延々並ぶよりも、近県アウェイの方が楽だったりします。

が、幸いにも週休2日がほぼ確保されている私は、試合前日(土曜日)は昼過ぎまで惰眠を貪り、ちらりとJ1をテレビ観戦してみたものの眠気には勝てず、夕方にもう一眠り。これだけ眠れば大丈夫という訳で、愛車レガシィで家を出て、大宮駅で姉を拾って出発したのが試合当日(日曜日)の0時。まったく、何が『疲れている』んだか(笑)。
クルマで遠征をするのは、98年秋の市原臨海以来。目的は、言うまでもなく『金をかけずに楽したい』。したがって、当然ながら下の道を行く事になります。が、水戸はクラブもサポーターも『電車で来て下さい』と大合唱するほど駐車場不足。こんな状況で、夜が明けてから出発しても遅すぎる事は、レッズサポの端くれとしてよ~くわかっているのだ。

道中は、R16→R4→R50→R6という単純なルートを選択した事もあり、『眠気が襲う深夜』『フルタイム4WDも走るのを嫌がる豪雨』『めぼしい道路は点線でしか表示されていない16年前の地図』という三重苦をものともせず(いや、実は、R16からR4に入る際に、『小渕』という名の交差点を見逃してしまったのだが・・・)日立に。そこから先は、Jリーグオフィシャルページから手書きで転載したヘタヘタ地図をフル活用して、一発で競技場の駐車場らしき場所に到着。停まっている車を見ると・・・『大宮ナンバー』『室内に赤い小旗』『三菱車』と、こちらは遠征レッズサポの三種の神器が揃っており、私も安心して車を停め(右後方にはプジョーがあった・・・)、車中で夜を明かす事にする。午前3時半の事である。

しかし、この日初めてその機能の存在を知った携帯電話のアラームで目を覚まし、並び列に合流する途中で私の目に飛び込んできた競技場のピッチは、想像以上の荒れ方だった。と言うより、失礼と傲慢を承知で言えば、ショックである。まるでモグラさんの棲家である。
朝には一旦やんでいた雨も再び降ってきた。しかも午後の紅茶をジーパンにこぼしてしまうというダメダメぶり。開門直前には、一度荷物を撤収した後に、タバコをクルマの中においてきてしまった事に気がつき、もう一度駐車場と並び列を往復する羽目となった。
一時的ではあるが、ビリー・ミリガンであれば人格が交代してしまったであろう程度にまで私のストレスは高まった。

しかし、そのイライラは、入場と同時に、奇麗に消え去っていた。

それは、芝生席に、タンポポが咲いていたからである。
そして、『おかあさんとミキに持っていこう』と言いながら、通路脇の雑草に紛れて咲いている花を手折る姉弟がいたからである。
ああ、選手にとっての戦場であるスタジアムに、サポーターにとっての戦場であるゴール裏に、よりによってタンポポ・・・。花を手折る姉弟・・・。
これこそ癒しである。和みの極致である。

この境地に達してしまえば、ボールが
ころころころころ・・・・・・てん! てん! てんてんてんてん・・・
と弾み、インスペクターが揃って靴で地ならしをするようなピッチに対する嫌悪感でさえも、モグラさんに対する愛情に取って代わる。そういえば、ほら、お日様も顔を覗かせて、ぼくの顔を真っ赤に焼いているよ。

そうさ。心の中を小学校の遠足気分にまで巻き戻せば、J2だって悪いところじゃない・・・。(涙)

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平日? 疲労? いいや、これこそが生活の潤いじゃ!

5/22 大宮×浦和(大宮公園サッカー場)

月曜日の開催&チケットの販売枚数を絞る(としか思えないスタンドの空席)という、私の家から2駅隣でありながらアウェイの洗礼を浴びる事になったこの試合。「私用」という最強の理由で2時間分のフレックスを行使し、午後3時45分に会社を上がって・・・と思ったら、3月までの上司が泣きそうな声で電話をかけてきた。が、ここは心を鬼にして、『明日の朝一番でお願いします!』と振り切り(どっちがエラいんだ・・・)会社を後にした。

向かった先は大宮・・・ではなく、東武野田線の大宮公園駅(←最寄り駅)・・・でもなく、東北線の土呂駅(大宮の次)。ここでカミさんと待ち合わせ、車の中で「見ないでね~」などと喚きつつ、「KENTの青のBDシャツ・KENTの黄色のネクタイ・KENTの紺ブレザー・黒のスラックスにリーガルの紐靴」というベタベタのお約束ルックから、「スタンスミスのスニーカー・履き古しのチノパン・ユニクロの白無地Tシャツ(笑)」に着替え、タオルを首に、デジカメの入ったポーチを肩に、夕日の差し込む大宮公園サッカー場へ。

ところで、唐突にデジカメの話をさせて頂く。これは言うまでもなくHPのネタ用に持参するわけであるが、10倍光学ズームで記録メディアがFDという、デジタルなんだかアナログなんだかわからないシロモノである。しかしまあ、10倍ズームはスタジアムでは威力を発揮するし、無骨なFDも、スマートメディアあたりに比べると信頼性が高いと言われている。
一般的には。

・・・さて、それにしても、ここはいつ来ても素晴らしい。旨い食い物も、奇麗なトイレも、豪華なイスも要らない。選手のオーラが身近に感じられれば、それが最高の舞台だ。

そんな大宮公園では、サポーターもヒートアップの度を増す。我々は、目の前で赤い布をひらひらされた牛みたいなもんで、ゴール裏は一気に火の海となった。いや、もちろん本当に火事になった訳ではない。(←笑えない)
であるからして、私も今季初の「声出しまくり跳ねまくりモード」に突入したのだが、いかんせん体が重い(笑)。跳ねるのは昨年の最終戦以来という事もあるが、試合3日前(金曜日)の夜にカラオケでブルーハーツを演って右腰と左脹脛を傷めてしまった(泣笑)のが痛かった。試合前日(日曜日)までは、出場も危ぶまれていたぐらいだったわけで・・・。

しかし、しかしだ。

ここで声を出す事に、何の躊躇があろうか。
ここで跳ねる事に、苦痛など感じる事があるだろうか。

私はレッズをサポートするために時間をやりくりしてきたのであり、チームはその期待に応えて最高の試合をしてくれた。こんなものを目の前10メートルで見せつけられて、明日からの仕事に力が入らないわけがないではないか!

こういう試合があるから、サポーターはやめられないのだ!
例え、デジカメが『DISK ERROR』となっても!(笑)

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これっきりにして欲しい サイレント劇場・駒場

6/17 浦和×仙台(駒場スタジアム)

当初は全く参戦の予定がなかった仙台戦。
この日は息子の初めての「保育参観」(←これがまた、オヤジには辛い行事なんですわ・・・)であり、指定席など念頭にない私としては、並びのできない日はハナからパスなのである。
が、ここに「生駒場体験」をするためにわざわざ・・・いや、実際にはキリンカップのついで(笑)なのだが、松山から弟子(友人とも言う)が来るとなれば話は別。急遽、参戦決定である。

というわけで、息子との嬉し恥ずかし(だってさ~・・・34歳のオヤジが『♪みっぎて ♪ひだりて』なんてのを歌わされるんだからさ~)な90分を過ごした私が駒場に到着したのは、曇天から雨がパラつきだした午後2時過ぎ。
久しぶりに会った友人(弟子とは別のヤツ)から『やっせたね~~~~ガン?』という言葉とともに頂戴した、対仙台戦の必須アイテム「萩の月&萩の調」を食す頃には、雨は本格的になってきた。慢性的な疲労で『休日は眠い病』の私としては、太陽の日差しのもとでビールをあおって爆睡を目論んでいたのだが、アテが外れた。それでもまあ、日本いち体が弱いサポーターを自称する私であっても、風邪を引くようなほどの事もない。尻にタコができる前に入場、首尾よく東側のUB横のブロックに場所を確保する事ができた。

そう。生駒場といえば、やはり東側である。
西側にも、バックにも、メインにも、それぞれに「駒場らしさ」はある。しかし、駒場独特の非日常感を演出する東側を直接体験させる事が、ゲストには何よりのおもてなしであろう。もちろん、私自身は駒場のクルバでゲストと楽しく語らうつもりなど毛頭ない。まあ、私自身が、もはや東側が肌に馴染むようになってしまったという事もあるし、はっきり言ってしまえば、ゲストを巻き込んでしまおうという目論見である(笑)。


・・・しかし、状況はよくない。前節の大敗。一部の選手が新潟戦の直後にサポーターに対して挑発的(?)な態度を取った(だからといって、バスを囲んでボコボコにしていいとは言わんよ)という話も伝わってきていた。いくら理想や奇麗事を並べ立てても、あんな試合の後に心から100%のサポートができるかというと、心情的には、NOである。

と思っていたら、やはり横断幕は逆に張られ、その数も少ない。大旗も同じ。コールリーダーの足場もない。そうか、そういう事か。
サポーターが応援を止めたら何者なのかという意見もあるだろうが、試合が終わってから騒ぐよりは100倍前向きな意思表示である。(全くの個人的な意見)
私は「自分の意志で」コール封じに同調した。

「西野だぞ西野だぞ西野だぞ・・・ほら西野だーっ!」
セットプレーをドンピシャで見破って、前列の人に握手を求められる。場内は熱気を増し、そろそろ許してやろうかという雰囲気(←これもまあ、傲慢といえば傲慢かもね・・・)も出てきた矢先だったが・・・その後がいけなかった。いつもの無気力レッズ。動かない選手。ロスタイムの失点。全然学習していない。こんなんじゃ、だめだよ・・・。

そして、選手のそっけない(ように思えてしまう)挨拶。お決まりの物投げ。それに端を発した喧嘩。
最低である。チームも我々も、最低である。相互信頼のようなものが薄れてきていると感じる。こんな駒場は好きではない・・・。

かくして、遠来のゲストの「生駒場」は、異様なものとなった。なんと間が悪いヤツである。なんとなく申し訳ない気持ちもあるが、こればかりはどうする事もできない。

グッドゲームができなくても。
グッドサポートができなくても。
これがJ2で戦う我々の現状である・・・。

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ぁぁぁぁ口惜しい! ぇぇぇぇ情けない!

7/22 浦和×甲府(駒場スタジアム)

仕事でストレスが溜まり、スタジアムに通えない事がストレスになり、TVで観るレッズの姿にまたストレス・・・。この三重苦から逃れるためには、家に持ち帰ってきている仕事をとりあえず忘れ(←とりあえず、っていうのが悲しいの)、忙しいとか疲れたとかいう言い訳をせずに、駒場に行くしかない! 東クルヴァで叫び、跳ねるしかない!
(レッズがストレス発散に充分な試合をするのか?というツッコミは無視するに限る)

というわけで、衝動的に前売りチケットを確保した私は、疲れた体に鞭打って、平日よりも早く起きて、早朝の涼しさの残る駒場に乗り込んだ。
で、そこでとりあえず一眠りしたものの、列詰めの後は炎天下に。そこでじっとしていると火傷のようなメチャクチャな日焼けをする事は目に見えているので(ワシ、すっごく弱いのです)日陰に移動したものの、避難先ではシートを広げる事をしなかったので、開門までの長い時間で休息を得る事はままならなかった。とにかく、ひたすら眠たかった。やっぱり疲れているんだろうか。それに、結局、日焼けはしちゃうし(泣)。

開門。早朝から並んだ甲斐があって、初めて(階段ではなく)手すりのある場所を確保する事ができた。ま、手すりがあると楽をしちゃいそうなので、善し悪しなんだが・・・。
で、どっこいしょ・・・と腰を下ろし、『ビィ~ルいか~っすかぁ~』の声に『はいっ!』と元気に応え、ぐびぐびぐびぐび・・・。
元来、酒を飲まない私だが、今年の夏は飲まない日はない、という生活である。これもまあ、日々のストレスの現われだ(いや、『どっこいしょ』と一緒に考え合わせると、単に『五捨六入で30歳』になったオヤジの性か?)。軽く飲み、軽く酔い、至福の時間帯を過ごし、西日差し込む中でうたたねをし・・・。

そして、目一杯に引かれた弓から矢が放たれるように、じらしにじらされた声も限りに、『We are Reds!』の連呼で試合の幕が開いた。鳥肌が立った。
前回の参戦がこんな試合だったので、サポーターとしての魂を全身で表現するのは、2ヶ月ぶり。だからこそ、私は全開で跳ね、叫んだ。柔道部の部室ではないかと思わずにはいられないような蒸し暑い東側クルヴァで。

が、私が100%のパフォーマンスを実現できたのは、先制点を挙げた前後の、試合開始から最初の15分間だけだった。
汗が出た。それは当然だ。しかし、それにしても嫌な汗だ。そのうち、なんだかムカムカしてきた。試合展開が落ち着いてきた事もあってサポートをセーブしてみたが、そのうち、目の前の光景が、なんだかセピア風に黄ばんで見えてきた。満場のコールは、金属的な耳鳴りに取って代わった。

前半30分。我慢は限界に達した。私は、事もあろうに試合中にサポートの場を離れた。離れざるを得なかった。
胃の内容物を吐き出し、冷たい水で頭と体をシャキッとさせた時には、前半は終了していた。

最低だ。俺は何をするためにここにいるのか。
俺は東側失格である。

今のレッズのサポートは、昨年までのような『最初っから全開・どこまで持つの?』というスタイルではないように思う。その意味では、試合の重要な局面で集中的に力を投入する事が可能(言い換えれば、試合展開によっては休んで力を溜めておく事が出来る)なわけだが、それにしても、後半のサポートは、体調がほぼ戻ったとはいえ、やはり腑抜けたものになってしまった。情けないったらありゃしない。

汚名返上・名誉挽回。また出直しだ。
今度こそ、全力のサポートを可能とするために、万全の体調で・・・!

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心のリハビリ・・・家族観戦@駒場バックスタンド

8/2 浦和×新潟(駒場スタジアム)

まさかの大敗あり、ショックな逆転負けあり。
『そう簡単にはサポーターの期待に応えてくれない』という意味ではレッズらしさ全開の今シーズン。
だからと言って私自身のテンションが下がるわけでもなく、いや、むしろ落ち込んでいるであろうチームを力づけてあげたいという父性本能ホルモン(謎)が、ちびちびと漏れ出ていた月曜の夜。会議室から自分の机に戻ると、そこには1通の封筒と、それに添えられたメモが。

受け取っていただけますか?



え? なに? なにくれるの?
そこで肩を叩かれ振り返ると、そこには裸にエプロン(もしくは緊縛風ラッピング)の女の子が立っていて、『私を受け取って~ん』と・・・などという妄想を0.2秒で済ませた私は、改めて文面を眺めてみた。

8/2 の REDS vs アルビレックス のチケットです。
もらいもので申し訳ありませんが、受け取っていただけますか?
私も、私の友人も、都合がつきませんので・・・・・・・。



中身は、新潟戦のA席招待券2枚だった。
0.1秒後、父性本能ホルモン(謎)が、どばどばと溢れ出た。さらにその0.5秒後、私の頭の中では、『いかにして仕事をほったらかしにして、平日の駒場に駆け付けるか』のひとり作戦会議が始まっていた。

さて、チケットが2枚あるという事は、カミさんと観戦できるという事でもあり、それは即ち、子供も連れて行くという事になる。
ハードルは、娘である・・・と言うのも、以前国立のゴール裏に連れて行った時に疎外感を感じてしまったのか、最近は全然乗り気じゃないのだ。つまり、親である私の責任なのだが、今回は『応援しないところなら行ってもいい』という事で娘の許可(笑)がおりた。
無論、レッズを応援しないという事ではない。その証拠に、試合前とハーフタイムには通路で旗振りをしていた(しかもテレビにまで映っていたらしい・・・)。試合中にはでっかい声でコールをしていた。
要は、ゴール裏は勘弁ということなのだ。

かくして、昨年5月以来の家族での観戦が実現した。家族で駒場となると一昨年の最終戦以来であり、バックスタンドで・・・となると一昨年の春まで溯らなければならない。

で、試合当日。仕事をさっさと切り上げて、しかし試合開始には間に合わずに、タクシーで駒場へと急ぐ私がいた。
タクシーを降りた瞬間、暗闇に浮かび上がるスタジアムから歌声が聞こえてきた。大歓声が溜息に変わり、次の瞬間には新たな歓声が沸き上がる。外から試合中の駒場に接するのは初めての経験だが、いい雰囲気だ。

子どもたちも楽しんでいる。
東側を見て『波みたい』と言って喜んでいる。『あのへんでお父さんも跳ねてる事あるんだよ』と言うと大袈裟に驚く。息子は『あしょこにいきた~い』と言うが、3歳児には無理だろう(笑)。

が、つまらぬヤツもいた。
『そこから・・・バ~カ!』
『なに戻してんだよ・・・バ~カ!』
『いけ・・・バ~カ!』
『ぅあぁぁぁ・・・バ~カ!』(×100)

バカはお前だ!
消え失せろ!

もちろん、今日は家族連れなので、そんな事を本人に向かって言いはしない。

帰り道。娘が改まったように言った。
『サッカーがこんなに楽しいって事、忘れてたよ~』

この一言を聞けただけでも、来て良かったと思える私ではあった。

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笑顔の駒場・東クルヴァデビュー

8/19 浦和×大分(駒場スタジアム)

なんて、軽々しく『クルヴァ』などと呼ぶと東側ホットゾーン(謎)のヌシに怒られそうではあるのだが・・・。
もちろん、デビューとはカミさんの事なのだが、クルヴァと言っても例によってエコ計画看板上の階段である。

私としては、世間から見ると羨ましがられる10連休にレッズと無関係でいる事など我慢できるわけもないので、前々から大分戦の参戦計画は立てていたわけだが、一方のカミさんはと言うと、どういう風の吹き回しか、試合前日にいきなり『明日、アタシも行こっかな~・・・』。速攻でチケットぴあ行きであった。

んで当日、私は朝7時に駒場入り。
家を出る直前まで『短パンにしようか、ジーパンにしようか』を迷った私であったが、前日のカミさんの助言によりジーパンを選ぶ。これが大正解。お盆を過ぎると、早朝の日陰の風は半袖Tシャツでは肌寒いぐらいだ。
一方のカミさんは、前夜が夜のお仕事(笑)だったので、午前中は家で爆睡し、午後2時頃の駒場着であったが、到着早々に列を見回し『西側と違う・・・悪そう・・・』という問題発言の後に、ビデオの録画予約をしていない事が発覚し、ダンナに散々罵られる事となる。

ビデオと言えば!
この日も一緒に参戦した姉@この企画用の専属カメラマン(笑)が、新潟戦のビデオを持ってきてくれたのだが、それを見るとハーフタイム(この番組の提供は・・・っていう時間帯)に子供たちが約5秒に渡ってバッチリ映っとるやんけー!
新潟戦の子どもたちの写真を正面から撮ったカンジなんすけどね・・・。

と言うわけで、平塚戦以来の『めおとサポ@チビ抜き』は、『黒』で揃えてみたりなんかしちゃったりして(照)。カミさんの黒はadidas。ダンナの黒はユニクロ(笑)。

黒のTシャツと言えば!
駒場では、URAWA BOYSがスタジアム内外でTシャツを売っている事があるのだが、いつもの

(ぼそ)

という調子ではなく、一人一人の目を見ながらニッコリ微笑み『どうですか?』と売って廻っている兄ちゃんがいるのは新鮮な驚きだった(なんでじゃ)。
この兄ちゃんは私たちの前にも現れ、魅力的な微笑みとともにセールス活動をしてくれたが、残念ながら私たちは『自分』以外の看板を背負う実力は持ち合わせていないので、彼の3倍の笑みで丁重にご辞退申し上げた。

そんなのも含めて、カミさんは新鮮な感覚を味わったようだ。
バックスタンドのようなヤジ専がいない。
男っぽく、骨っぽい。
レプリカやグッズが似合わない雰囲気がある。
でも、応援の中心から少し外れると、恐くない(笑)。
それどころか、場違いっぽい人もいる。

んじゃあ私らが場違いじゃないかと言うと、言葉に詰まるところも確かにあると我ながら思うのだが・・・。
でも、東側初参戦のカミさんにしても、キチンと場の空気を読んでいる(とダンナは思う)。
ちゃんとその場に合ったスタイルでサポートしてると思いますよ、私らは。大脱走も跳ねてるし(笑)。

いやいや、あんまりエラそうな事は言えないかな。

カミさん、試合開始直後は、胸の前で手をパチパチ叩いていたんだよね。
『そうじゃない! 東側では、こうやるんだ!』
と、手は頭上で叩くように演技指導(←無理矢理とも、力ずくとも言う)をしなきゃならなかったからなぁ(笑)。

[ウラ]
カミさんの参戦には裏があるはずだ。
カミさんの次回の参戦予定は、本来は9月9日の湘南戦@平塚だったのだ。

だのに、なぜ急に?

実は、この日は娘の誕生日。
そんな日に、子供を実家に預けて夫婦揃って朝から並び(しかも試合は夜)というのでは、
いくらなんでも可哀相でないかい? という事なのだろう。
(以上、ダンナの推測である)

しかし、今のところ、ダンナは参戦を取り止めるつもりはない(断言)。
チケット買っちゃったし。(せこっ)
お誕生日は、前夜に、盛大に祝ってあげればよいではないか。

勝手過ぎるか? 俺は父親失格なのか?
さすがに10月1日の新潟遠征は娘の運動会とぶつかるので奇麗サッパリ諦めたが、
『湘南戦の穴埋め&家族でドライブ』と称して、カミさんを
甲府遠征or水戸遠征に引っ張り込もうとしている俺は、
やっぱり父親失格なのか? なのか? なのか? (←エコー)

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カゼだ! お熱だ! 山形だ! ユンケルパワーでサポートだ!

8/27 山形×浦和(山形県営)

夏休みが10連休ってのは、社会人としては相当に恵まれてるわけで。

その一方で、普段は週休2日&休みまくって心身ともにデレデレの自分にとって、社会復帰(?)早々に仕事6連荘というのは、結構キツかったりする。しかも、休み中は秋の気配すら漂っていたというのに、休み明けからチョー蒸し暑い(@関東地方)毎日。何がイヤって、外を歩いて汗だくになったところで快適冷房の京浜東北線、また歩いてしこたま汗をかいたら極寒の会議室。これは私にとっての夏風邪黄金パターンであり、案の定、気管ゼェゼェ→予定通り発熱。しかもそれが土曜の夜。つまり山形遠征前夜である。
まったくもって、日本一風邪を引きやすいサポータ-という言葉が似合いすぎるぜ、俺(泣)。

で。風邪薬をユンケルで胃に流し込むという荒業でその夜を乗り切ると、翌朝には体調もほぼ回復(←推測。遠征を断念するつもりは毛頭なかったので、あえて体温計には目もくれなかった)し、2発目のユンケルとともに、朝6時ジャストに同行の姉と出発。お昼ぐらいには着くかなぁ~………あ、もう着いちゃった。まだ9時半だ(爆)。

ところで、初めての山形である。
東北道から山形道に入った途端に景色が一変。なるほど、『山の神』っていう言葉もしっくり来る景観だ。もちろん、これは誉め言葉である。気温は恐れていたほどには上がらなかったが、空気は綺麗で(東京近辺の濁った暑さは最低)、台風一過のような強い日差しが照りつける。たまらず日陰に逃げ込み、芝生の上でごろ寝して体力の温存を図りつつ、時間をつぶすこととなる。

一方の姉は、やれ桃ジュースださくらんぼジュースだ魚がうまそうだ、と、完全に山形に骨抜きになっている。
まあ、北海道生まれの二人にとって、南よりも北への遠征の方が、食べ物や、人間や、景色や、それらが一体となった『空気』が馴染むということはあるのだが、さらに言えば、どこをどう力んでみても、『まさか山形には負けないでしょ』という雰囲気が自分の中に醸成されてしまうのもまた事実。こんな事を思うのは、山形相手に限った事ではない。選手に『J2をナメるな』と言ったところで、正直に言えば、サポーター(つーか、俺)が相手をナメているのだ。
(厳密には、ナメちゃイカンと思う事自体が、自分たちが格上という前提の考え方なのだよ…!)

さて。堅い話は抜きにして、いまだアウェイ勝利の興奮さめやらぬ私としては、試合中の事も書きたい気分である。
って言うか、書いちゃお(はぁと)。

開始直前。コールリーダーの呼びかけで密集。
待て、待て待て待て待て待て。
こんな真ん中にいていいのか俺。目の前には『FREAKS』のステッカー付き太鼓のニイちゃん。左斜め後方には『梁山泊』のTシャツの集団である。『めおとサポ』とかいう腑抜けた病弱野郎とは、ひと味もふた味も違う(つーか、比べちゃイカンですよ)連中である。こりゃ、待ったなしだ。

が、前半は、何もなかった。本当に何もなかった。

後半。

大脱走の出鼻を挫かれるように1点を先制される。
交替がある。スコアボードを振り返ると、岡野の名前の位置に大柴の名前がある。左サイドでかき回しているような、勝手にやっているような。そのうち選手が痛む。遠くで交替。流れは来ない。田北のセーブが間一髪だった事を場内の雰囲気で察知する。伸二が足を引きずる。ジリジリとしながら、頭の中をクエスチョンマークだらけにしながら、それでも耐える。永井の惜しいヘディングシュート。

次の瞬間、この日2度目の大脱走が始まった。
エンドレスでやる覚悟はできていた。

誰かがキーパーに当てる。こぼれ球をアンジーが外す。でも、行けるという確信がある。誰かが今度は流し込む。岡野のような気もするが、大柴と代わっているはずだ。細かい事は、まあいい。とにかく同点だ。
間髪を入れず、大脱走は続く。大脱走で点が入るなら、いくらでも俺はやる。

しかし、今度はツラい。
押しているような、押されているような。赤いユニフォームを着た選手はどんどんゴールに迫ってくる。照明が暗い。田北が守るゴールは遠くでよくわからない。
跳ね、腕を振りながら歌う。俺たちはゴールが欲しい。他には何もいらない。前から声が飛ぶ。

頑張れ頑張れ!
出来るだけの事をやろうよ!

そうか。声が出なくなっても、体は使おう。体が動かなくなっても、声は出そう。
朦朧としてくる。太鼓が力を与えてくれる。上から力水が降ってくる。そしてその苦痛の先にあったものは・・・

もはや誰だかも分からない、ゴールを決めた選手と一緒に拳を突き上げる、そのエクスタシーだった。

最後の体力を振り絞ってアレ浦和。
そして勝利の雄叫び・・・というのは嘘で、若いモンと違って(泣)実はヨレヨレの俺は、体を二つに折りながら、心の中でガッツポーズを取るのが精一杯だった。『We are Diamonds』を歌った。なんだか知らないが、ニッコニコの笑顔で歌った。コールリーダー達に叱咤激励されながら、それでも自分自身が勝利に貢献できたという幸福な実感があった。
そっかー。アウェイで勝つって、こういう感覚なのかー。しばらく勝っていないアウェイでも、引き分けた大分戦や札幌戦@室蘭、仙台戦が、現地サポート組とTV観戦組で評価真っ二つなのも実感として理解できた。
確かに、10位のチームにやっと勝つという試合内容は、喜べるモンじゃないでしょう。
しかーし! 俺は素直に喜ぶ! って言うか、勝利は喜ぶ方が楽しいじゃないですか!

俺みたいな(ウルトラ君たちに体力的にかなわない)オヤジを引っ張り上げてくれて、こういう最高の体験を共有させてくれる彼らを、少なくとも俺は尊重する。リスペクト!である。
特に、この遠征については最前列の太鼓の君。別に俺のためにやってるわけではないのはわかっているが、君の太鼓は俺のジャンプの直接のパワーの源となった。現地でも帰り際にお声をかけさせて頂いたが、いや実に魔法の太鼓であった。(なんつってエラそうでごめんなさい・・・)

しかし、仙台で大脱走を65分間続けたヤツラを、俺は尊敬する。いやホント。

かくして、アウェイの山形を満喫した我々は、翌日に備えての3本目のユンケルをすすりつつ、帰途についた。
『山形満喫』には、桃8個を500円で買い求めた姉の行動が含まれている事は、言うまでもない事実である・・・。

[思う事]
俺らは今、問題を抱えているが、『お前は規則違反擁護派か!』と短絡する人がここの読者にはいないだろうという希望的観測で書かせてもらうなら、規則は大筋で守らにゃイカン。が、風紀委員のように振る舞う必要もない。(個人的見解ね)

だから、『○○したら、また△△に書かれちゃうかな』なんていう会話が聞こえてくるのは、やっぱスゴイ違和感がある。ワシ的には。
いや、これがネタだとしたら、隣でラーメンを食ってる俺はそれを吹き出しそうになったから大成功なんだけどもね・・・。

理想論は、すっごく大事。それと同じくらい、理想論を踏まえた現実論も大事。
私はそう思うんですけどね・・・。

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勝利こそ最大のバースデイプレゼント?(←父親の身勝手)

9/9 湘南×浦和(平塚競技場)

何も考えずに前売りをゲットしていた、この湘南戦。しかし、参戦にこぎつけるまでには、紆余曲折があった。

大分戦の文末にも書いたが、この日は娘の7回目の誕生日。試合は夜。カミさんが娘に事前にネゴしておいたようだが、やはり直前になると

『一緒にケーキ食べるぅ~...』(めそ) 『...じゃ、お昼に一緒に食べよう?』(アセッ)
『普通は夜にやるぅ~...』(めそめそ) 『...そ、そうだよねっ』(アセアセッ)

という状況に陥った。そりゃそうだ。娘の言い分が100%正しい。
それに、娘にこんな事を言ってもらえるのもあと何年か。きっと、近い将来には『オヤジ=ウザイ』という図式が出来上がるのであるからして、こういう貴重な機会をたかがサッカーで失ってはいけない。

この時点で湘南戦の参戦はきっぱりと諦めた私ではあるが、ここで再びカミさんが動いた。『うまく言っとくから、行っといで』。そして翌日には、娘が『おとーさん、サッカー行ってきていいよ』と言ってきた。
私としては、別にうまく言ってもらう必要もないと思ったのだが、朝7時前には家を出て帰宅は11時過ぎという毎日では、カミさんの真意も娘の心情も確かめる事は出来ず、しかし試合の日は着々と近づいていき、とにかく参戦可能という状況が出来上がった。

そして当日の朝。精一杯の『お誕生日おめでとう!』の言葉と、心に渦巻く罪悪感ともに、用意してあったバラの花束を娘に手渡し、いざ平塚へ・・・。

この日の湘南地方は、暑い日差しが照り付けてはいるものの、公園内の木陰や水場の傍では、それなりに涼しい風を感じ取る事も出来た。
今回も同行の姉に、前節の水戸戦のMDPを見せてもらい、山形戦のゴール裏風景に自分の姿を見つけて(←赤い集団の中でひとり白いTシャツなので、結構目立つ。現地でも、周りの人に目印がわりになっていた)喜んだりしながら、開門前までの長い時間を過ごした。

入場して場所を確保すると、隣は偶然にも山形戦の時に隣だった人。その人も『MDPに写ってましたね!目立ってましたもんね!』

ちなみにその写真とは、No167の24ページの写真(『うら~わレッズ!』の『ら~』の瞬間?)であるが、これを見たカミさんの母親が、娘のダンナはいったい何をやっているんだか・・・と思ったかどうかは定かではない。

話は変わるが、この日は某サイトの管理人氏にご挨拶できればな~・・・という、淡い希望があった。木曜日の夜を最後にネット環境から離れてしまっていたので接触の具体策は何も決まっていなかったのだが、こっちは顔バレしているので、声でもかけてもらえればな~・・・てな具合である。しかし、自分の目の前にいるグループ、そのサイトのBBSで目にしているハンドルネームが飛び交っている。怪しい。怪しすぎる。

試合が始まると、UBと私らの間のブロックがなんかシラけ気味(開始直前の密集の呼びかけにも無反応。まあ、ちょっとタイミングが遅すぎたかな)。
後方からも、評論には最も適さない位置に陣取った評論家諸氏の的確なコメントと、テメーで何もやってねーくせに終盤のボール回しに対して『最後まで全力で戦えよ~!』というヒステリック&見当違い(←私見)な金切り声が。
それでも、目の前の怪しい集団は声出し縦跳ね(と山田への上品な叱咤激励)でいいカンジ。こちらもそれに引っ張られるように声出し縦跳ね(と湘南の選手のラフプレーに対する紳士的な警告)する。

しかしまあ、相変わらずストレスの溜まる内容である事に異論はない。自分に『文句を言う資格』があると思うかどうかは、人それぞれの考えである。

試合終了後、前方の怪しい集団の中でもひときわ目立つ激烈な人物が目指す人であった事を確認した私は、もしかすると娘が起きているかもしれない、一緒にケーキが食べられるかもしれないという一縷の望みを心に隠しながら、帰途についた・・・。

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ハートがなくて戦えるのか?

9/16 浦和×大宮(駒場スタジアム)

朝8時。駒場。

西の空にあった真っ黒な雲は瞬く間に上空に広がり、遠くに聞こえていた雷鳴は徐々に近寄ってくる。ほどなくして、激しい雨が降ってきた。

闘将ギド・ブッフバルトとはまた違う形で、熱いハートを我々の前にさらけ出してくれたゼリコ・ペトロヴィッチの、レッズでのラストゲーム。嵐を呼ぶ男が雷を呼んだのか。はたまたサポーターの涙雨なのか・・・。
そんなことを思いながら、幸いな事にほとんど雨には当たらずに、ましてや暑さとも無縁のまま、開門までの長い時間を過ごした。

開門してからは、数人の友人・知人と挨拶を交わしながら、混雑したスタンドを避けてコンコースで時を過ごす。
『ホームページ見てます。頑張って下さい! ・・・・・・・・・ところで今日は体調は大丈夫ですか?(笑)』
などと見知らぬ方に声をかけて頂くなどしているうちに、あっという間にキックオフの時刻を迎えた。

オフィシャルホームページやMDPは、試合後にセレモニーがある事を伝えていた。しかし、何も特別なものは必要がない。熱いプレーには熱いサポートで応えればよい。そして勝利で送り出してあげればよい・・・。
そんな気持ちを持つサポーターが多かったのか、この日の東側は、いや、遠くから聞こえてくる西側の声も、いつも以上に気合いが入っている気がした。手拍子は、鼓膜を破らんばかりの激しさを持っていた。ウォリアーは、メインスタンドに反響し、相変わらず轟く雷鳴をかき消した。今回限りの大断幕が出た。
去年のファイナル・ファイブで感じた熱気と緊迫感が、自分を包んでいた。

・・・しかし、試合の結果は無残なものだった。
再三の好機があった前半は、まだよかった。ペトロヴィッチが投入された後半、15分間の大脱走が歌われている頃、浦和は確実に押せ押せだった。が、延長戦がチラつきだした時間帯にゴールを決められると、その直後にセンターサークルに戻ってキックオフを促したのは、岡野一人だった。他の選手は、膝に手を当てて、首を垂れるばかりだった・・・。そして、不器用なパワープレーもどきで時間を浪費し、そのまま試合終了・・・。

俺は、少なくと浦和レッズというチームに、健闘を称える拍手を送る気にはなれなかった。
複雑な気持ちだった。ゴール裏に挨拶に来る選手に心の中で毒づきながら、しかしペトロヴィッチに拍手を送った。

試合は、勝つ事もあれば負ける事もある。節目の試合で確実に勝てるチームなら、今頃2部になどいないのだから。しかし、彼のハートがなくなった時、このチームは果して勝負が出来るのだろうか。戦えるのだろうか。

不安だけが残った。


蜻蛉と蝉と青空と・・・好ロケーションとまったり感は正比例?

9/24 甲府×浦和(小瀬運動公園陸上競技場)

『ゴール裏じゃなくて、座って見られるところでね』
などという父親の口説きが功を奏したか、この試合は8月2日の新潟戦@駒場以来の、家族4人+1(私の姉)での参戦。まあ、子どもたちにとっては、サッカーを観に行くよりも、前夜に『おねーちゃん』が泊まりに来るという事実の方が重大なイベントだったりするのだが。

さて当日。前夜からの雨が激しさを増す朝6時に家を出た。日本一風邪を引きやすいサポーターを自認する私としては、出発直前に半袖Tシャツの上に長袖のシャツを重ね着したのは言うまでもない。
それにしてもどしゃ降り。雷まで鳴っている。確か小瀬のゴール裏は芝生席だったはず。子どもたちも雨じゃ楽しくないだろうし。好きで行くとは言え、なんだかなぁ・・・。それに、先週も雷雨だったよなぁ・・・。またかい、という気分にさせられた挙句、浦和の料金所では機械の故障だかなんだか知らんが延々と待たされ、ワシ、おかんむり。
たが、都内を通過して中央高速の三鷹料金所を過ぎたあたりで日が射し込み始め、やれやれ、である。家族イベントに雨が降ってはいけない。

そんなわけで、別段迷う事もなく8時半には小瀬の駐車場に車を停めた(ドアツードアなら駒場でも1時間はかかる事を考えると、近い近い!)のだが、今度は暑い(笑)。
暑いといっても、甲府と聞くとイメージするような極端な暑さではなく、爽やかに暑い。気温が高いというよりも、日差しが強いのだ。雨上がりという事もあるし、東京や埼玉よりも空気が澄んでいるという事もある。いずれにしても、イヤな暑さではない。そして、秋を思わせる高い空に、地平線の入道雲。山形で感じた避暑地気分が襲ってくる。もちろん、戦闘前の精神状態としては、これはマズイ。マズイのだが、気持ちいいものはしょうがない。
気持ちよさ&早朝の出発という事で、親はうたたね体勢に入ってしまったが、一方の子どもたちは、周囲の探検に出かけたり、蟻と遊んだり(というかいじめたり)しながら、ピクニック気分は満喫しているようだ。何よりである。

で、うだうだしているうちに、開門時刻。この頃は、日差し全開。濡れタオルを頭に乗せた息子の手を引いて一緒に・・・はここまでで、私と姉はゴール裏の芝生席へ。カミさんと子供2人はバックスタンドの椅子席へ。これはもちろん夫婦喧嘩の結果などではなく、あくまでも予定の行動である。本当だぞ(笑)。

ところでこの芝生席、感触といい、傾斜の加減といい、サポーターのまばらさといい、昼寝をするには気持ちいい事このうえない。いかん、また睡魔が・・・。
もっとも、(家族にこんな事は言わないが)心の中では『遊びに来てるんじゃね~ぜ』というサポーターとしての理性はかろうじて残されていたので、試合開始30分前にはビニールシートや荷物の撤収を開始。ほどなくして『まったりするのはわかるけどぉ~!』という呼びかけで、アウェイ恒例(?)の場所詰め開始。戦闘準備OKだぜ!

が、やはり『好ロケーションのアウェイ』+『昼間のゲーム』というシチュエーションは、俺の集中力を徐々に削いでいった。

あ、蜻蛉だ。秋だなぁ・・・。
あ、蝉の鳴き声が。諸行無常を感じるなぁ・・・。
それにしても奇麗な空だなぁ・・・。

声を出し、跳ねながらも、そんなほのぼの感を胸のうちから消し去る事は叶わなかった。イカンよなぁ。
試合内容もしょっぱいの一言に尽きた。あと9回しょっぱい思いをしてJ1に復帰できるのなら、いくらでもしょっぱい思いをするのだが、残念ながら、そんな確証は何処にもない。

帰りの中央高速は、またも豪雨&渋滞。娘のトイレの訴えを受けて入った談合坂SAで、駐車場の空きを探しているうちに本線に戻ってしまうなど、最後まで集中力に欠ける俺ではあった。

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Mの、Mによる、Mのためのサッカー!

10/29 浦和×山形(駒場スタジアム)

2000年のレッズの最大の癌であった男が去り(練習場にいるのはゴールポスト運搬人。ベンチにいるのはボトル補給担当者)、この無口な男の『1年を通してチームを弱体化させていく』という遠大な試みは終わりを告げた。そして、フラビオ総監督がわずかの期間でフィジカルコンディションをマトモなものに修正し、最大の危機は去った。

・・・と、誰もが思っていた。クラブも、世間一般の報道も、そしてサポーターも。

世間がそんな浮かれポンチな気分に満ち満ちている頃、当の俺は深夜に帰宅の毎日。試合前日も、休日出勤して夜11時に帰宅というハードな一日だった。残念ながら我が家にはフラビオはいない。体はバキバキ。咳払いをすると腰にズシ~・・・・ンと重い痛みが走るような状況と言えば、お疲れサラリーマン諸氏にはご理解頂けるだろうか。それはしかし、イラク戦そっちのけでドラクエ7に興じたり、カミさんが仕入れてきた『アラベスク』を朝方まで読みふけったりという、『忙しければ忙しいほどに仕事以外の事がしたくなる病』、別名『自業自得』の部分も多分にあるのだが。

というわけで、試合前夜の俺は、前日の残りのカレーライスを缶ビールで流し込み、シャワーも浴びずにベッドに直行。眠る前に目覚し時計を2個、(平日より早い)6時にセットしてはみたものの・・・。

起きたら9時を過ぎていた(泣)。

それでもまあ、自然と目が覚める時刻まで眠ったおかげで、腰の痛みはかなり軽くなった。今度はゆっくりとシャワーを浴び、買う前にジャンプして履き心地を確かめた(もちろん跳ねるため)新調の靴を履き、駒場にはお昼頃に到着。まさに重役出勤である。
この時間だと、試合が始まるまでの時間は実に短い。寒さもそれほど堪えない。それにしても、前回の参戦時には半袖Tシャツ1枚で汗だくだったというのに、この日は長袖2枚+フリースのベスト(もちユニクロ)+マフラーでも、ロングラン大脱走以外では、温かさを感じる事すらない。んー・・・季節も変わったわけだ。長いと思っていたシーズンも残り少ないという実感が湧いてきた。

試合の内容は、まあ、アレだな。
それにしても、レッズの一番の魅力である『大一番に負ける』を覆してくれたと思ったら、二番目の魅力である『大一番の次の試合は、抜け殻で試合に臨み、そして負ける』でしっかりと恩返しをしてくれた。10位ブッチギリの相手に、だ。あまりのお約束な展開に、もしやこのチームは、自らを貶め、あるいは自らを辱めて悦びを感じる
真正M
ではないかとさえ思えてきた。

腐った試合で敗戦を喫し、サポーターの罵声を浴びる赤いマゾヒスト集団。
そんなやつらを、俺たちは身を焦がすような思いでサポートしているのである。

心の底から怒りが湧いてこない俺も、もしかしてそういう体質になってしまったのだろうか?


たとえゴーマンと言われようとも!

11/5 水戸×浦和(日立市民運動公園陸上競技場)

また日立か・・・。

クルマで3時間チョット。中途半端に遠い。同じ3時間でも、高速を使って行く山形は思いのほか近いという気がしたし、甲府はもっと楽だった。

それに、J2のサッカーはお世辞にも面白いとは言えない。少なくとも、エンターテイメントを感じる事は少ない。スタジアムにも、演出にも、プレーにも。

芝の状態は酷く(今年は駒場も痛んだが・・・)、ピッチは波を打っている。よいプレーをするための最低限の状態すら確保されていないのが現実。ピッチに引かれたラインは曲がり、石灰の粉が風に舞う。ゴールネットはインスペクターからダメを出される。
試合前のスタメン発表はなく(あるいは全く聞こえず)、スコアボードは手動式で、時計も電光掲示板もない。ベンチでは経過時間を大書きした紙を掲げ、サポーターはスタジアム外の施設の時計を横目で睨みながらの応援。
そして、そこで行われているのは、荒れたピッチに悪戦苦闘しているという事を差し引いても全く面白くない、動きのない試合。技術的にも戦術的にも見るべきポイントの少ない試合。あるいは、ガツン!と当たって前線へ放り込むだけの単純なサッカー。

こういう事をレッズサポーターが言った時、他のJ2クラブのサポーターから返ってくる反応は、こうだ。
『レッズはJ2をナメている。それがJ2の現実だ。』
『そんな態度だから二部落ちするのだ。』

例えば、バルサやレアルやマンUの試合を観るのと、サポート対象でも何でもないJ2クラブの試合を観るのと、いちサッカーファンとしてどちらが楽しいか。
レッズはマイチームだから、年間40試合でも飽きはこない。しかし、面白くもなんともないチームとの対戦を年に4回も観ると、これはこれでやはり食傷気味というのが偽らざる心境だ。

・・・それに、自慢じゃないが、ことサッカーのつまらなさにかけては、レッズだって相当なものだ。
いくらサポーターを気取っていても、やはり俺たちもサッカーそのもので満足してみたい。代表戦やJ1の試合をテレビで観ながら、なんだか物悲しい気分になるのは、もうまっぴらゴメンだ。

いくら現実を肯定しようとも、いくら傲慢だと非難されようとも、かつて満員の国立で魂が震えるようなゲームを体験した事がある我々は、この現状を『これでもいいさ』と認めるわけにはいかない。上へ上がる欲求を持ち続けたい。

この試合も、やっぱりつまらなかった。
傾斜のきつい芝生席で飛び跳ねたおかげでパンパンになった足腰にツラさを感じながら、俺は思った。

『こんなリーグは、もうゴメンだ。二度と来ないぞ!』
『あと3つ、絶対に全部勝つ!』

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死ぬ気でやりやがれ! クソッタレ野郎ども

11/12 浦和×湘南(駒場スタジアム)

思い返すと、去年のファイナルファイブは全ての不平不満を封じ込めてサポートしていた記憶がある。
残留できれば、立て直す事が出来る。とにかく残留さえ出来れば・・・。
その一点にのみ照準を合わせて、とにかく選手を後押ししよう、と。

結果は、降格。
別に、サポーターがあのやり方を選んだから降格した、というわけではない。
しかし、『次は』『次こそは』と言い続けて、もう1年が経った。大分との昇格マッチレースは、我々の望むところではなく、むしろ『なんでこんなに遠回りをしているんだ』という気持ちが私の正直なところだ。たぶん、同意してくれるレッズサポーターは多いだろう。そして、結果より内容を問おうにも、この1年間を見続けてきた我々は、それが無意味だという事も痛いほどに理解している。

それでも、サポーターを自称する以上は、試合中はサポートに全身全霊を傾けたい。溜息や怒声は控えたい。
『ノリノリの環境で選手にプレーをしてもらいたい』と、いつも、試合前には決意を新たにしてみたりする。
サポートという行為が無償である事も、自分なりには理解はしているつもりだ。

しかし、しかしだ・・・。

圧倒的なボールキープの割にシュートを打たない。チャンスのセットプレーは外す。どフリーを外す。
オフサイドを知らない選手をいつまでも使う。オフサイドじゃないと思ったら、どフリーを外す。
勝ち点の重みはどこへ行った? 得失点の重みはどこへ行ったんだ?

そのうちに、ブーイングを浴びていたFWが交代したと思ったら、放り込む目標を失った選手が右往左往し、無意味なドリブルと意思疎通の感じられないパスが、ピッチ上を支配し始めた。
結局、決定力不足と見た目の緩慢さでサポーターの批判を集めてしまっている選手がいなくなると、レッズには攻め手がなくなってしまうのだ。

・・・そして、そのうち選手の足は止まった。
この1年間、いつもこの繰り返しだ。

レッズのこんな姿を見て、俺は怒りが込み上げてきた。情けない気持ちでいっぱいになった。やりきれなかった。
その気持ちは、Vゴールの瞬間にも、全く打ち消される事はなかった。

長いと思っていたシーズンも、残り僅か。そのレッズの来年の運命が、残された1週間で決まる。
どんな結果が出ようとも、それは『2000年の浦和レッズ』の集大成なのだ。
いや、永年に渡って堆積している『レッズ的な、何か』がすべてを決めるのだ。

『次は』『次こそは』

浦和レッズに次のシーズンはあるだろう。
しかし、死ぬ気でやらない選手に、次なんかない!


不良中年未遂の夜

11/16 大宮×浦和(大宮公園サッカー場)

なんで、こうもあっさりとチケットがなくなるのだろう。
前回の大宮公園での試合では、発券枚数を抑えたという噂が出たが、今回も僅か5分程度で売り切れてしまった。平日の発売開始でこういう状況だから、堅気のサラリーマンにとっては苦しいものがある。
1週間後の、予約流し分の再販でチケットを入手したものの、そのチケットには[ホーム側]と書かれていた。もちろん、カミさんには『ホーム側しか残っていなかったら、ためらわずに買えぃ!』と言ってあったのだが。俺としては、この日が『X-DAY』になるという読みもあったし。

話は変わるが、今の俺は仕事ではプロジェクトチームに所属している。ところが、狭苦しい本社ビルには専用のプロジェクトルームがないので、会議室を日々渡り歩いているのだ。
試合当日。職場の後輩が、今日はどこの会議室?という意味で聞いてくる。
『今日はどこですか?』 『大宮公園』 『・・・・』
結局、試合当日の俺は使い物にならない状態で、2時間フレックスでの早退にも周囲は『はいはい行ってらっしゃい』状態であった。うーむ、首が寒いぞ。

しかしながら、肝っ魂の小さい俺としては、このチケットでアウェイ側の検問を突破する事など、とても無理だ。
つーか、大宮サポの隣で小さくなって、おとなしく祈りでも捧げているのがスジってもんじゃないか?(笑)

そこで俺は考えた。ちゃんと交渉しよう。
俺をアウェイ側に入れやがれコラ 私をアウェイ側に入れて頂けませんか? と。
レッズサポーターを大宮側に押し込むのは危険なのではありませんか? と。

相手に好印象を与えるためには、身だしなみも大事だ。
となると、やっぱここは、レプリカとか小旗のような明朗快活なオフィシャルグッズじゃなくて、黒づくめの服にマフラー一本引っかけて、黒のサングラスでしょう。
夜なのに(笑)。

というわけで、近くの駅でカミさんと待ち合わせ、クルマの助手席でスーツから戦闘服に着替え(狭いところで変な体勢を取ったので、体のあちこちがつってしまった・・・)、暗い夜道にサングラスなんかしてるもんだから何度かつまずいたりしながら(笑)アウェイ側に勇躍乗り込まんとする俺に対するチケットモギリの兄ちゃんのお言葉は・・・

『いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ(にこ)』

なーんだ。鼻から息が漏れた。
生き別れになっていた母親とゴール裏で30年ぶりの『ご対~面~』をする予定・・・という言い訳も考えておいたのだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。まあよい。不良中年ごっこはお終いにしよう。

試合前にはタマがど~したフクロがど~したと騒ぎ(←周囲の方、下劣でスンマセンでした)、試合中に騒ぎ、軽い疲労感と、最終戦に向けての緊張感を携えて帰宅すると、そこにはやたらと嬉しそうにビデオを巻き戻すカミさんがいた。


オーロラビジョンには『STRAIGHT』と出ていたが・・・
『LONG and WINDING』 BACK to J1


11/19 浦和×鳥栖(駒場スタジアム)

『おわったぁぁぁぁぁぁっ!』

この1年を一緒に戦ってきた姉と抱き合った。涙が溢れ出た。Tシャツの袖で涙をぬぐったが、その次の『We are REDS!!』で、1年前の試合終了直後に同じコールをした事を思い出し、また涙が出た。

俺は、絶対に泣かないだろうと思っていた。
J1昇格・・・いや、復帰なんて、感動するような事ではない。降格した事が不本意なら、この1年の戦いはそれ以上に不本意だった。この最終戦、勝って復帰を決めるのは当然。俺たちをこんなひどい目にあわせた選手に、そしてスタッフに、文句の一つも言ってやろうというのが試合前の気持ちだったのだ。

でも、疲れ果てていたのも事実だ。

駒場ではバックスタンド。国立ではゴール裏。
そんな自分が『出来る事をやろう!』と思い立ち臨戦態勢に突入したのが、去年のファイナルファイブだった。

初めての遠征で神戸へ。
その次の市原戦では、初めて駒場の東側へ。
そして悲嘆に暮れ、しかしJ2で戦う1年間はできる限りチームを現場でサポートしたいと考え、仕事と体調と家計を天秤にかけながら、自分にできる範囲で並び、自分にできる範囲で車を運転し、自分にできる範囲で跳ね、叫び、吠え、手を叩き・・・。

あのファイナルファイブから通算して、リーグ戦45試合。そのうち、現場でサポートできたのは22試合。半分にも満たない数字ではある。それは、常にサポートに参加するウルトラな面々に比べれば、取るに足らない数字だ。が、以前の俺とは違う、全身全霊を傾けた22試合。この数字は、自分なりに頑張ってきた証でもある。

・・・なのに、レッズがそれに応えてくれる事は、なかった。戦えば戦うほどに、チームの戦いぶりは濁っていった。こんな事じゃJ1に復帰したって木っ端微塵だ。いや、そんな事より上がる事すら無理だ。
経営規模が5分の1、10分の1のチームに完膚なきまでに叩きのめされるレッズ。何度も何度も同じ失敗を繰り返すレッズ。退化し続けるレッズ・・・。

ゴールも、勝利も、嬉しさを感じる事などなかった。空しさと、思いがけない敗戦への怒りだけが俺を支配していた。そして気がつくと、J1はもちろん、代表戦も、海外のビッグゲームも、全く観る気がしなくなっていた。あるいは、TVを観ても、白黒画像を見ているような味気ない印象しか持ち得なかった。

俺は、サッカーを好きではなくなっていたのだ。
そして、そんな日々には一刻も早くおさらばしたかった。情けない環境と、つまらないプレーと、野次と、無能な審判が君臨するだけの世界から、永遠にバイバイしたかった。逃げ出したかった。

ミドルシュートが、まるでニュースステーションの『レインボウ』のように見えた。ゴールに吸い込まれる奇跡が、確かに見えた。そして、それがあたかも予定されていたかのようにゴールネットに突き刺さった次の瞬間、俺にはこの言葉しかなかった。そう、やっと終わりなんだ・・・。

『おわったぁぁぁぁぁぁっ!』

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浦和のJ1復帰にあたって

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2000/11/19(日)  12:00
(GEN)
やっぱり長かった、J2での358日。
個人的には、勝てない事や昇格レースそのものに辛さを感じた事はなかった。しかし、チームの戦術・技術・体力・闘争心が1試合ごとに低下していき、日ごとにJ2に染まっていく様を見るのは、本当に辛かった。正視に堪えなかった。だから、ゴールに、勝利に、本当に酔えた瞬間などなかった。『J2で鍛え直して』なんて、レッズに限っては絶対に無理だ。一刻も早く逃げ出したかった。
そんな中で、降格しても見捨てず、辛い日々にも負けず、あるいは北海道から九州まで駆け付け、レッズをサポートし続けた仲間(と僭越ながら呼ばせて頂く)には、心から敬意を表したい。
そして、この辛さを心の底から実感した今だからこそ、札幌サポーターの偉大さもまた実感できる。

(Kinu@テレビ埼玉がんばれレッズキャンペーン風)
だんなはスタジアムで泣いて。私はテレビの前で子供を巻き込んで大はしゃぎ。
とにかく苦しくてながい闘いが終わりました。だんだん弱くなっていってしまうレッズ。”なんで””なんで”と思うばかりで・・・・。
でも、なんとか勝ちました。勝ち方はどうであれ、J1復帰です。今日の苦しみを忘れずにがんばろう。
がんばれレッズ! Fightレッズ!
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いじめられっこ

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2000/11/10(金)  12:00
仕事で、一泊二日の集中合宿に行ってきました。当然、夜には懇親会があるわけですが、あちこちから
『レッズって、今、Jいくつ?』『Jリーグって、J1の事だよね』
てな具合に集中砲火を浴び(普段、相当に怨まれているらしい←自分)、にっこり笑って
『ちょっとムカついちゃいましたよ~♪発煙筒投げ込んじゃいますよ~♪』
などと言いながら本気でムカつく一夜を過ごしました。
で、合宿から帰ってきたら、私の故郷の北海道から両親が来てまして、開口一番
『浦和は何やってんの~♪一回も勝たないんだもん~♪』
ときたもんだ。
どいつもこいつも心底ムカつくぜ!(笑)
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気になるのはJ2、浦和のみ

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2000/11/03(金)  12:00
埼玉スタジアム2002の見学会に応募したものの、僅か4.4倍の応募倍率に跳ね返されて(こんなんじゃW杯のチケットなんて当たるわけねーな・・・)、ネタもなし。まあ、ここ2週間は夜11時前に帰宅していないという状況だったので、たまには昼過ぎまで惰眠を貪るのもよかろう。(このコラムをアップしたら、また寝ます)

五輪が終わり、アジアカップも最高の結末で幕を閉じ、あちこちのBBSに『さあ、いよいよ待ちに待ったJの再開ですねっ!』なんていう希望に満ち溢れた書き込みも見られるのだが、この1年ですっかりヒガミ根性が染み付いた当方としては、『・・・・・・ケッ! こっちはずっとやっとんじゃい!』としか思えない(←相当ヤな奴)。私の中では『五輪本大会=プチW杯』であり、『アジアカップ=W杯予選の次にハイグレードな大会』なのだが、そういった代表ファン大盛り上がりの年に、そっちの方に全然気を向ける事が出来ない状況というのは、実に悔しく、情けないわけで・・・。じゃあレッズなんてほっとけ、と言われてできないのが辛いのよ。
俺って意外と不器用なタイプだったのかな。愛人は作れないタイプだな(笑)。
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