みずぼうそう 3月31日(金) 「眠れない夜」からの開放

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/31(金)  22:00
朝いちの体温は38度の後半。癖になるのも嫌なので、座薬は我慢。カミさんがH野クリニックへ電話するが、様子見と言われる。俺自身、病院に行く事よりも眠る事を優先したかったので、この処置に文句はない。
それにしても、なんとなく希望が見えてきたところで律義に発熱されてしまうと、なんだか泣きたくなる。
がんばれ! 俺の体!

この日の午前中、子どもたちはカミさんの実家へ。リビングの隣の和室で休む(寝室は寒いし、暗いし、気が滅入る・・・)父親の安静の妨げにならないように・・・というのが表向きの理由。実際のところは、続く高熱と痒みでイラつく暴君の怒鳴り声から子どもたちを守るためである。
(と、俺は推測している。なにしろ高熱の時には家族中に当たり散らしたから・・・)

しかし、この静寂はありがたかった。本当に久しぶりの2時間の熟睡。薬で汗をかき、着替えてからまた2時間。メシを食って、さらに3時間。カミさん曰く「爆睡してたよ」。
痒みがなければ眠る事ができる。とにかく俺は眠いのだ。なにしろ、この48時間で2時間しか眠っていないんだから。その前だって、寒い暑いと1時間おきに目が覚めるような状況だったわけだから、もう限界である。熱も37度台前半に落ち着き、なんとか人心地ついたのがこの日だった。

顔が酷い状況だったのでトレーナー(かぶりもの)の着脱には苦労していたが、カミさんにユニクロで前ファスナーのパーカー(\2,900)を購入してもらい、この日から使用。ポイント高し。
なんとなくゆったりとした気分でこの日送られてきた「ホームページデビュー」(インプレス社刊)を読んだりしてみる。←俺の生写真も掲載されているのだが、発疹のない顔って、美しい(笑)。
ゲームボーイの「ポケットモンスター・銀」をする余裕も出てきた。四天王は手強いぜ。
熱がそこそこに下がり、痒みが軽くなれば、みずぼうそうごときにさしたる問題はないのだ。(よく言うよ)

唯一の問題は、抗ウイルス剤の副作用が出たのか、食欲不振に陥った事ぐらいだろうか。と言っても、インスタントラーメンの汁まで飲み干していたのが、汁を丼の底2cmほど残すようになったとか、そんなレベルの話だ。
今回のみずぼうそうでは、一貫して食欲があった。さすがに「おかわり~」なんて事はなかったが、おかゆなんてとんでもない。家族と同じメシを、いつもの8割方の分量で、しっかりと食った。稼ぎに行かずにメシだけは食らうのだから、これはもう立派なゴクツブシである。

週末を安心して過ごすために、夕方、H野クリニックへ。F岡医師より「発疹の山は越えた」宣言あり。抗ウイルス剤が効いたのか、放っておいても回復基調になったのかも、判然とはしないが・・・。
それに、「山越え」は新たな発疹はこれ以上は出ないだろうという意味で、全回復までには、まだ過程を踏んでいかなければならない。留意点としては、高熱で肺炎や脳炎(カミさんは「わけの分からない事を言わないかどうか注意して下さい」と言われていたが、残念ながら、わけの分からない事を全く言わなくなってしまっては、俺が俺でなくなる)を併発しないか、発疹が黒ずんだり青っぽくなったりしていないか(二次感染による壊死)、といったところだろうか。
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みずぼうそう 3月30日(木) 本格治療開始で一筋の光明

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/30(木)  22:00
眠ったと思ったら、目が覚めた。三たび39度台である。
前夜は眠れなかった事もあって1時間おきに体温を測っていた。ずーっと平熱だったのだが、眠る直前の午前5時には37度台後半に体温が跳ね上がっており、ただでは済まないとは思っていたのだが・・・。

点滴は、所詮は付け焼き刃に過ぎなかったのか。前日のH本医師の処置を基本的には信頼していなかった俺は、F岡医師の診断を欲してH野クリニックに向かった。

F岡医師は、俺の顔を見て、驚いたようだった。思っていた以上に症状が重い、という事だ。
「うーん・・・もっと厳しくいっておけば・・・」 後の祭りである。
と同時に、F岡医師の口から出た言葉は衝撃的であった。
「昨日の処置は、疑問だなぁ・・・」

つまり、こういう事である。
27日の時点で、抗ウイルス剤の投与を検討した。28日には、N里病院の医師が抗ウイルス剤の点滴を薦めている。しかし、29日になされた点滴は、何の変哲もない「ステロイド剤+抗生物質」(どうりで安いはずだ)だった。
この組み合わせは、以下のような作用をするらしい。
(1)ステロイド剤で熱を下げる。ただし、免疫機能が低下する。
(2)そこで、抗生物質で免疫機能をサポートする。
この組み合わせで、大概の発熱は治まる。事実、俺も熱は下がった。しかし、この薬でみずぼうそうのウイルスは殺す事ができない。発熱の対症療法としてはよいが、みずぼうそうの治療にはなっていなかったのである。

なんてこった。

そんなわけで、「遅れ馳せながら」ではあるが、抗ウイルス剤(ゾビラックスという錠剤)の投与を開始した。これが3時間に1回。あと、食後に2種類の解熱剤と、レフトーゼという炎症を抑える薬。さらに2種類の痒み止め。前日にH本医師が処方したバレオンという薬は「意味がない」という事でパス。もう、薬でゲップが出そうである。

熱は、37度台の前半で落ち着いた。ケーブルテレビで浦和戦の生中継を楽しむ事もできた。ホームページの更新もしてみた。
しかし、痒みは変わらない。前夜が100なら、今夜は95。
高熱で唸っている時には「熱さえ下がればなんでもいい」と思っていたのだが、二晩続けて眠れないような状況では「痒みさえなくなれば熱が上がってもいい」とさえ考えてしまう。

が、明け方、状況は変わった。気が付くと、痒みが軽くなっている。顔全体の腫れも引き、とりあえず平時の輪郭が戻ってきた。体を確認してみると、やはり発疹が出ていない部分は肌色が復活している。
(裏返せば、それまでは体全体が赤くむくんでいたという事だ)

♪もしかして、回復の兆しが出てきたかぁ?
喜び勇んで横になった俺を、またも悪寒が襲ってきた・・・。
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みずぼうそう 3月29日(水) 発熱に生命の危機を予感

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/29(水)  22:00
俺自身、子供の頃から熱を出しやすい方で、40度オーバーの勲章も持っている(なんだそりゃ)。
熱にうなされながら、一瞬、真顔で「西ってどっち」と母親に訊ねたというエピソードもあるらしい。ちなみに「西」というのは、黄泉の国とか西方浄土とか、とにかく死者にとっての象徴的な方向とされる。右や左という概念も理解していないガキが、いきなりこんな事を口走るのだから、母親としてはたまったものではなかっただろうという事は、二児の親になった今だから推察できる事だ。

明け方、体温は遂に物心ついてから最高の(そしてたぶん、「西ってどっち」事件以来の)

39.7度

に達していた。
おかしな事を口走るような状況になる前に、速攻で座薬である。
大人になってからのみずぼうそうは死ぬほど辛いというが、それにしても、こんな数字を目の当たりにすると、生命の危険を感じる。いやマジで。

診療開始と同時に、H野クリニックに飛び込む。顔見知りの看護婦のN岡嬢の顔には、「あらまぁ~」と書いてある。
「大きくなってからだと大変よね~」 けっ、楽しそうな顔しやがって。しかし、それに反撥する気力はない。

この日は水曜日。担当は、例のH本医師である。熱で朦朧としながらも、前夜のN里病院の医師の言葉も含めて、今の窮状をいかに正確に伝えきるかに腐心した俺であったが、どうも伝わっていないようだ。看護婦が抗ウイルス剤の点滴を用意しようとしているのに、別の指示をしてやがる。テメェ何やってやがんだよ!

・・・などと言えるはずもなく、高熱で体力を消耗していた俺は、点滴を受けている間に眠ってしまった。すぅ~・・・

結局、この日は夕方にもう一本同じ点滴を受けた。新たな解熱剤(セデス)の効果もあってか、昼前には37度程度、夕方には36度台の平熱を取り戻していた。点滴は、さすがに劇的に効く。点滴一発で500円しかしないというのは腑に落ちないが、とりあえず、生命の危険は去った。

熱さえ下がればこっちのものだ。一気に上機嫌になった俺は、マンションのケーブルテレビ設置工事に来たユーアイネット埼玉の営業マン氏の口車に易々と乗せられ、その場で即ご契約。もちろん、家に上がってもらう際には「みずぼうそう、やってます?」と訊ねるのを忘れない。午後には会社と連絡をとる余裕も出た。

が、新たな苦悩が俺を徹底的に悩ませた。それは、猛烈な痒みである。
とにかく顔が痒い×1億。掻いちゃいけない事はわかってはいるが、手が自然と顔に伸びてしまう。頭の中も痒い。背中も痒い。痒み止めの薬など、屁の役にも立ちゃしない。冷やせば痒みが落ち着きそうな気もするが、「発疹を冷やしてはいけない」と言われている。つまり、打つ手なし、である。


塗布薬も悩みの種になりつつあった。
子供たちが皮膚科からもらってきたのは無色透明のオイルっぽいやつ(塗ると顔がテラテラ光った)だったが、俺の薬は、見た目といい触感といい匂いといい、白い絵の具としか表現のしようがないシロモノである。
ちなみに、発疹は全身にくまなく広がっており、体表面の全面積に占める普通の肌色の割合は2割程度という有り様であるからして、必然的に全身塗布薬だらけであるが、こいつは塗ったそばから乾いていき、体からパラパラと落ちていく。気がつくと、家の中は、俺の体から剥がれ落ちた薬のカスだらけになっていた。まあ、それは掃除すれば済むのだが、何かの拍子(例えば、背中の痒み耐えかねて、Tシャツを「ばふばふばふ」とした時)にTシャツの襟元から立ち上る薬の臭気には閉口した。それに、何を食っても塗布薬の味しかしない。一日中、絵の具を食ったり匂いを嗅いだりしていたようなものだ、と言えばお分かり頂けるだろうか?

せっかく熱が下がったのに、眠れない。
平熱に下がったのをいい事に、ぬる目のシャワーで全身の薬を洗い流してみた。が、何も変わらなかった。変わったのは日付だけである。ようやく眠りに就いたのは、空が白んできた頃だっただろうか・・・。

なお、俺が死にそうな目に会っている間に、俺より1日早く発症した息子は完治した。若いっていいなぁ。
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みずぼうそう 3月28日(火) 症状悪化、鬼気迫る「山海塾」

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/28(火)  22:00
この日も発熱との戦いである。いや、正確に言うと、ほとんど記憶がないのだ・・・。

とにかく、解熱剤の効きが遅い。つーか悪い。とりあえず平常でいられる37度台で解熱剤を飲んでも、38度台後半まで熱が上がり、意識が朦朧としてくる。震えと大汗が2時間おきにやってくる。
「こいつはインフルエンザなんかとは訳が違うぞ」と思い知らされ始めたのもこの日だ。

一方、発疹そのものも相当に酷くなってきていた。
多数の発疹で顔全体が赤く腫れ上がり、そこに白い絵の具が塗りたくられた様は、すでに奇怪なる様相を呈していた。あえて言うなら瀕死の山海塾といったところか。発疹と、木曜日の夜を最後に剃っていない無精髭の影響で、塗布薬のノリも悪い。おカマの人は化粧に苦労しているという事が実感できた。
いずれにせよ、とてもじゃないが、人様の前に出られるようなご面相ではない。その時の写真を掲載しても俺自身は構わないのだが、たぶん、食欲をなくす方が出ると思われるので、やめておく。そんな程度に奇怪である。
が、発熱のヤバさから比べると、そんな事は大した問題ではなかった。
夜7時過ぎ、体温計は39度を突破した。H野クリニックに電話したが、すでに診療時間は終わっている。そこで、H野クリニックの親病院であるN里病院に電話してみると、ラッキーな事に、時間外であるにもかかわらず看てくれると言う。もちろん、このへんのやりとりは、全てカミサン任せである。なぜって、私自身は既に正常な思考などできない状態だったからだ。

カミさんの運転する車で赴いたN里病院では、「明日、抗ウイルス剤を点滴してもらって下さい。夜間にするような点滴じゃないんで」とのお言葉(たぶん、副作用が急激に出るんでしょう)と、「それにしても、すごいねぇ」という笑顔の賞賛と、解熱用の座薬をもらっただけであった。
しかしまあ、いくぶんかは気楽になった。座薬は嫌だが、高熱で死ぬよりは1億倍マシである。

この日はさすがにほとんど食事を取っていない。ただし、発熱時のお約束として、水分は採りまくった。
ちなみに、医師が「ポカリスエット飲んで下さいね」と言うのは、ポカリスエットが大塚製薬製であるという事以外に理由はないらしい。俺のお気に入りは、ポカリではなくアクエリアス・クリアレモン。ポカリや普通のアクエリアスは、なぜかお腹が張ってしまうのである。このアクエリアス・クリアレモン、あまり数が出る商品ではないとみえて、近所のコンビニにおいてあるものを我が家で買い占めてしまうと、なかなか次回ロットが入荷せず、離れたコンビニまで遠征して買い求めるのであった。
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みずぼうそう 3月27日(月) 地獄の苦しみスタート

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/27(月)  22:00
予想どうりと言うか何と言うか、朝から熱が出でいた。38度。咳も出る。みずぼうそうって、咳は出るんだっけか?

H野クリニックへの出掛けに、会社に電話を入れる。
俺様「みずぼうそうかもしれないんで、とりあえず病院に行きます。たぶん、何日かは休みになると思います」
部長「水曜日のプレゼン、俺、一人でできるかなぁ?」 知るか。

この日の担当医は、月・火・木・金担当のF岡医師。こちらの先生は、症状や治療方針、投薬について詳しく説明してくれる。患者の素人質問にも答えてくれるので、評判は上々だ。俺としても、信頼している。
そのF岡医師が、俺の体を一瞥して「あっ」と声を発した瞬間、単なる風邪であって欲しいという俺の甘い希望は粉々に消し飛んだ。
診断結果は、「言うまでもなく、みず・ぼう・そう!」であった。カミさんといいF岡医師といい、なんでそんなに楽しそうに言うのだ。まあ、俺も3日前に息子がみずぼうそうになったと聞いた時には大笑いしてしまったのだが。

症状を抑えるための抗ウイルス剤の投与も検討したが、副作用が激しく(吐き気・動悸・めまい等)、値段も張り(即効性のある点滴だと、差し迫った生命の危険がない状況では保険がきかない)、なにしろその必要もないだろう(この時点で小さな水泡が3個。軽く済みそうとの所見だった)という事で、悩みに悩んだ挙句、解熱剤・かゆみ止め・水泡への塗布薬といった対症療法で凌ぐ事にした。

後悔するとすれば、やはりこの決定に尽きるだろう。抗ウイルス剤の単独の値段は不明だが、保険のきく錠剤を1週間投与したとして、たぶん1万円ぐらいではないだろうか。これで症状が軽く済むのなら・・・医師に「抗ウイルス剤ってのは、どうですか?」と逆提案しても、バチは当たらないだろう。

病院から帰ってきて「みずぼうそうだってさ・・・」という俺に対し、息子が
♪おと~しゃ~んも~、み~ずぼ~そ~
♪おと~しゃ~んも~、み~ずぼ~そ~
♪おと~しゃ~んも~、み~ずぼ~そ~
というオリジナルソング(振り付き)で応えてくれた。しかし、この頃には、もはや怒る気力も失せつつあった。症状が急速に悪化しつつあったからである・・・。

熱が上がるとともに猛烈な悪寒。パジャマの上にトレーナーとスウェットパンツを着込み、ニット帽までかぶり、それでも足りず寝室にストーブを点し、解熱剤で37度台まで持ち直し・・・。
この繰り返しで、この日は暮れていった。


そんなわけで、半月程前に出演依頼があった(本当)「関口宏のなんたらかんたら」を見る事もできなかった。しかし、本当の苦しみは、まだこの先にあった。
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みずぼうそう 3月26日(日) ついに発症・・・!

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/26(日)  22:00
解熱剤の効果もあってか、前夜には38度あった体温は、この日の夕刻には平熱に戻っていた。
深夜の「速報J2」を見たと言えば、体調に何の問題もなかったという事がご理解頂けるだろう。

しかし、カミさんは見逃さなかった。俺の体にある赤い水泡を!
それを嬉しそうに指摘したカミさんは、さらにたたみかけるように、「こ~りゃ決まりだわい」と無邪気に言い放つ。

俺は否定した。が、次の瞬間、マズイ、と思った。
なぜなら、自分の舌が、下唇の内側にある発疹を探し当ててしまったからだ。

・・・・・・明日は朝いちで病院に行こう。
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みずぼうそう 3月25日(土) 謎の発熱開始

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/25(土)  22:00
久しぶりの土曜日出勤から帰宅後、ホームページの更新作業中に、異様な疲労感を覚え、その日の不定期コラムに「疲れたから寝よ」と書きなぐりアップした俺は、就寝前にひとっ風呂浴びたものの、体が全く温まらない。
しばらくしてから熱を測ったら・・・・・・38度。

「なんだ、疲れてるんじゃなくて、風邪か」

俺としては、この時点ではみずぼうそうの可能性など全く考えていない。
「子どもの頃、姉がみずぼうそうになった後、あんたの体にも2つ3つポツポツ出たから大丈夫でないかい?」という、俺の母親の証言が、根拠の全てである。もちろん、これは間違いであった。

みずぼうそうをやったかどうか、自信のない人は、「やってない」と思っておいた方が無難である。
そう思っておけば、予防注射とか、罹患者には近づかないとか、それなりに対策を取る事はできるはずだ。

ちなみに、予防注射は、罹患の際に軽く済む程度の効果しかないらしい。1万円札が飛んで行く程度には値が張るらしいが、後になって死ぬ思いをしたくなければ絶対にやっておくべきである!
また、「罹患者に会社を休んでもらう」「法的に出席停止にさせる」当の手段により、罹患者との接触を断つという事は、社会生活的にはある程度可能であろうが、家庭生活的には事実上無理であろう。例えば・・・
食事の時も一人で食べさせる事ができるか?
トイレの始末ができない子供が「うんち~!」と叫んだ時に放っておけるか?
症状がひと段落ついた時にシャワーでも浴びさせてあげようと思わないか?
しかし、だ。俺のように一緒に寝たり風呂に入ったりするのは自殺行為であり、そういったレベルでの注意はできるだろう。親が子供に近づかないようにする事はできても、子供を親に近づかないようにする事はできないのだ。幽閉でもしない限り。

とりあえず、この夜は、10日ほど前に私自身が発熱した時に病院からもらっていた解熱剤(錠剤)を飲み、寝る。
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良いことなんもない・・・

日常雑感 ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/25(土)  12:00
なんつーか、最近忙しくて、異動の話もあったりで、心身ともに若干疲れ気味。巷が『埼玉ダービー』などという言葉で盛り上がっていた浦和-大宮戦当日も、仕事。
速攻で帰ってTV観戦しようと思っていたら、終業のチャイムと同時にプロジェクトのボスが飛んできて・・・『3分1本勝負』のはずが『時間無制限デスマッチ』となり、結局テレビも見られず。
ビデオを撮ってもらおうと家に電話したら、『テレビ埼玉映んないよ』というカミさんの無情なお言葉。マンションにケーブルを導入中で、その余波らしいのだが、まったくもって不愉快。
そんなこんなで緑ポンチョの贈呈式もままならず(笑)、J-Oleで結果のみを知ったこの週末。ここでぶちぶちとこぼす時間があるなら・・・・・・疲れたから寝よ!
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みずぼうそう 3月24日(金) 「みずぼうそうの潜伏期間は10日から2週間程度ですよ」

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/24(金)  22:00
娘の発症からちょうど2週間が経過したこの日、息子の体に発疹が現れた。が、娘が罹患した時に、冒頭の言葉をM本皮膚科の医師から聞いていたので、親としては「おぉ、来たか」ぐらいのものだ。
それに、男の子なら、顔に跡が残ったからと言って、どうという事もない。

彼の方は、最初の晩だけ発熱した。38度程度。3歳のガキには、ちょっと熱っぽいぐらいのもので、大騒ぎするような数字ではない。
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闘志新た

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/16(木)  12:00
帰宅。軽くメシを食って(もはや夜10時過ぎに満腹にしてはいけないトシ)、風呂に入って、代表戦をビデオで見て、『よし、コラムが書けそうだ』と思ってPCに向かったら・・・。
付けっぱなしにしておいたビデオから流れてきたのは、あの試合。そう、重ね録りというやつだ。私は映像を収集する趣味はないので、あの試合を消去してしまった事には何の未練もないのだが、開幕戦を勝利で終えながらも、希望と落胆と不安の混ざった複雑な感情から逃れられない今の私にとって、深夜にリビングで一人という状況であの試合の延長戦と再び対峙するのは、なかなかに骨の折れる事だった。(だったら見なきゃいいのにさ・・・)
TVのスピーカーからは、レッズサポーターの歌う『GREAT ESCAPE』が聞こえてくる。今思うと、降格が決まっていたのに、いったい何から逃げ出そうとしていたのだろうか・・・。

結局、あのゴールまで見終わった時には午前1時をまわっていて、ここに代表ネタを書き連ねる気力は萎えてしまっていたのだけれど、その一方では、私自身の今季の開幕戦となる平塚戦に向けて、新たな気力が湧いてきたりもした。

もう、あんな気持ちにはなりたくない。絶対に。

で、そのために自分ができるのは、ゴール裏で大声をあげる事なんだが・・・それ以前に、娘の水疱瘡(完治)が息子にうつったり、最悪、私(今んとこ胃腸風邪っぴき)にうつったりしないように気を付けないと(汗)。

・・・年に1回あるかないかの夫婦揃っての参戦なんだから。(ぼそ)
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幸せな人 可哀想な人

サッカー全般 ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/12(日)  12:00
開幕ってのは、期待と不安で大なり小なりナイーブになるもので、『たかが1試合』の結果に必要以上に一喜一憂してしまう。つまり、『されど1試合』。
だから、開幕直前の時期には真情を吐露した秀逸なコラムがあちこちで読めるし、試合後の勝って大騒ぎ・負けて前向きの姿は、一歩引いて眺めてみると、なんだかとても微笑ましい。シーズン終盤になったら、それどころの騒ぎじゃなくなるだけに、ね。
こういう気持ちは、『今年もサポーターライフを送る事のできる幸せ』を実感し、『スポーツとの絆』みたいなものを確認できる瞬間だと思う。

一方で、スポーツをスポーツとして捉える事のできない人は、本当にかわいそうだと思うよ。それはつまり、解説者のシャツの色を中継中の賞金クイズにするなどという企画を考えるような人の事だが、いくら仕事とはいえ、あれは酷すぎる・・・。
サッカーファンじゃない人は、ああいう中継がやっぱり楽しいのだろうか? あるいは、バレーボールという競技が好きな人は、コンサート会場のノリが嬉しいだろうか? オレは、サッカーだろうがバイアスロンだろうが近代五種だろうが、やっぱりその競技しか持ち得ない魅力を伝えてくれるメディアがいいけどな。

史上最低の中継を救ったのは、東京のリアルなサッカーとリアルなサポーターの姿。結局、それが最高の演出なんだとつくづく実感した。
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みずぼうそう 3月10日(金) 地獄への招待状、音もなく舞い込む・・・

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/10(金)  22:00
■注意1
このページはサッカーとは全く関係がありません。単なる私の「34歳みずぼうそう体験記録」のページです。(わっはっは!)
ごみページですが、「みずぼうそうに罹った事のない大人の方」には、もしかすると、ほんの少しだけ役立つかもしれません。

■注意2
表現中に、医学的な事も書かれていますが、あまりアテにしないで下さい。
「ツライ」とか「苦しい」とか、そういうところだけを読んで頂ければ、みずぼうそう苦痛体験伝承者的にはOKです。


幼稚園の卒園式間近の娘の体に、ポチポチと赤い発疹。
我が家に「みずぼうそう」が初お目見えしたのは、3月10日(金)の事だった。

翌11日(土)、我が家行き付けの近所のH野クリニックで診察を受ける。が、水・土曜日を担当しているH本医師の診断は「わかんないけど、みずぼうそうじゃないと思う」であった。
が、みずぼうそうを確信していたカミさんは、その足でM本皮膚科へ直行。そこで一発でみずぼうそうと診断される。

この、頼りないH本医師は、この後も重要な局面で登場するので、読者の皆さんは忘れないように(笑)。

なお、当の娘は、体中に数える事ができる程度の数の発疹ができただけで、発熱も全くなく、3月17日(金)の卒園式には奇麗な顔で出席する事ができた。
子どもにとってのみずぼうそうなんて、こんなもんだ。
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どんな1年になるのか・・・

浦和ライフ ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/04(土)  12:00
天皇杯の決勝を国立で観た時もそうだった。開幕を告げるスーパーカップをTVで観ても同じ事だった。
これから1年は、楽しみながらサッカーを観る事なんか、できないんだろうなぁ。
優勝以外は価値がないと考える人。なんとかJ1に残留したいと考える人。とにかく昇格が目標の人。成績にかかわらず、充実したサポーターライフを送りたいと願う人・・・。

レッズサポーターにとっては希望より不安が先に立つ2000年シーズン。開幕です。
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J-League公式サイトのリニューアル

サッカー全般 ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/01(水)  12:00
いやー、まいった。やってくれるじゃないか、J-League の公式サイト。
これだけ乱立しているサッカー間連サイトですが、整理された総合(と言うより、統合)案内的な情報の需要はあると思うんです。ここに行けば完結する、というページ。今日のこの欄、予定では、そんな観点から「Jリーグの公式サイトをこき下ろす」(笑)つもりで、下書きバッチリ、あとはアップするだけという状況だったのですが、今日見たら、リニューアルされてるでやんの。まったくもう。

んで、内容的には、カレンダーと擬似的に連動した日程表(J1・J2さらにサテライトまで合体した優れモノ! うちのページの「ごちゃまJ日程表」は意義が薄れたな・・・)や順位表がトップにド~ンと鎮座していたり、出場停止選手がわかりやすかったり(サッカーくじには必須の情報だよな)、チケットの発売と購入がメニュー上は一体感があったり、イベント情報が集約されていたりと、なかなか考えられた改修内容です(でもバグはあるけどね・・・)。少なくとも、従来の「決定事項は漏れなく掲載しています」という姿勢から一歩前進。サッカーでも観に行こうかな、という人にとっては明らかに使い勝手が向上していると思われ、マーケティングやプロモーション的な観点からは、人の動きに結びつく可能性のあるシステムになったと言えるでしょう。(←エラそう)

実は、私自身も、金と時間が許せばそういう「使える」統合サイトをやりたいんですよね~。カテゴリーレスの日程表を掲載したり、天気予報や交通案内にリンクしているのも、そのへんの発想なんです。でも、言い訳がましいけど、個人でやるのは無理がある。誰もやらないから、的を絞って部分的に自給自足しているのに過ぎないわけで。(ま、この場末で何をやったところで、Jの動員になんかクソの役にも立ちませんがね)
実際、新規のサッカーサイトの立ち上げに際して企画に参加しませんか?みたいなお誘いもあったりするのですが・・・。(なんたる過大評価!)
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