スポンサーサイト

スポンサー広告 ] TB:- | CM:- | 編集  --/--/--(--)  --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

みずぼうそう 4月10日(月) 社会生活に軟着陸成功・・・?

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/10(月)  22:00
さて、会社か。
というわけで、朝、ちょっとした事情で、カミさんに駅まで送ってもらう。が、街の風の匂いが違う。考えてみれば、桜の花が咲き出す、1年の中で最高の季節をみずぼうそうとともに過ごしてしまったのである。それを思うと、なんか、すっげー損した気分だ。

時おり、謎の悪寒を感じるものの、たぶん特に発熱がぶり返す事もなく、無事に1日を過ごす事ができた。なぜ「たぶん」かと言うと、病人気分を一掃するために、もはや体温の計測をやめたからである。むしろ問題は、俺の体調よりも、会社から2週間離れている間に俺の仕事をとりまく状況が一変しており、完全に「浦島」だった事だ。まあ、これはボチボチだろう。

俺としては最悪の状況を知っているので、「ずいぶん顔は奇麗になったぜ」と自信満々だったのだが、世の中に出て、ほかの人と顔を見比べてみると、俺の顔は圧倒的に汚い(笑)。
しかし、無精髭は、思いのほか評判がよかった(笑)。カミさんはメチャクチャ嫌がるが、しばらくはこの顔でいこうかな、などと思ってみたりして。

ふぅ。病み上がりでパソコンに向かい続けるのも辛いものだ。
社会復帰記念?に、集めた情報をご紹介して、この項を終えよう。

# 一度みずぼうそうにかかると、ウイルスは神経節の中に潜伏する。(!)
# 疲労などをきっかけに再活性化する事もあり、その際には痛みをともなう水泡を作る。


つまり、みずぼうそうに一旦かかったからといって、それが免罪符とはならないようだ。そして、罹患経験によって免疫力が低下したり、神経痛の原因になったりする事もあるとか・・・。
それでなくても俺様は、月に一度は熱を出して会社を休む「自称・日本一風邪を引きやすいサポーター」なのである。これ以上抵抗力がなくなったら、いったい俺はどうしたらいいのだ・・・!
スポンサーサイト

みずぼうそう 4月9日(日) 最後の仕上げ

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/09(日)  22:00
体調の方は一進一退。体調のバロメーターである朝の生理現象は4月5日を最後に途絶えているので、やはり好調には程遠いという事が実感できる(涙)。が、それはそれとして、この日は社会復帰に向けた仕上げに気を使う。
と言っても、かさぶたと無精髭以外に気を使うような外見ではもともとないのだが。

でもまあ、不潔感たっぷり、というより実際に不潔ではイヤなので、ごしごしタオル(正式名称はなんて言うんでしょうか・・・体を洗う時に使うアレです)で、自らの体を優し~く愛撫するかのごとく撫でてみる。が、恐い。そりゃそうだ。体にはまだ「かさぶた一歩手前」の発疹が存在するのだ。しかし、体がでこぼこしているせいか、妙に泡立ちがいい
髪にリンスなんかもしてみる。こいつは、判断能力が低下していた3月29日の深夜にシャンプーと間違えて頭にまぶして以来である。ま、これは儀式というか、気を使い過ぎというか、カレシとの初デートの前に体の隅々まで洗うウブい女子高生のような心境だと言えばお分かり頂けるだろうか?(誰が分かる)

さ、早く寝よう。
と思ったが、さすがに9時前では眠る事もできず、ポケモン銀でひとしきり遊んだあと、ご丁寧にインスタントラーメンまで食らって、日付が変わった頃、寝る。こういう生活がイカンのだよ、こういう生活が。

みずぼうそう 4月8日(土) 気合いを入れろ!

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/08(土)  22:00
相変わらずの頭痛。咽の痛み。咳。熱はない。
聞けば、カミさんも全く同じ症状のようだ。みずぼうそうの裏で動いていた俺の風邪がカミさんにうつったのか、カミさんの風邪が俺にうつったのか、もはや因果関係はさっぱりわからないが、月曜日からの社会復帰に待ったなしの俺としては、非常にまずい。みずぼうそうで2週間休んだだけでもまずいのに、さらに続けて風邪で休みなんて事は、社会人的に通用しないだろう?

つーわけで、我が家の常備薬であるプレコール持続性カプセルを飲む。咳止めのシロップも飲む。

と同時に、それまではパジャマベースだった服装を、ちゃんとした(笑)休日カジュアルウエアに着替える。ここまで来たら、気合いというか、精神の緊張感を高めて乗り切らねばならない。「病は気から」という言葉があるが、いわゆる「風邪気味」程度であれば、例えばシャワーの後始末に気を付けるとか、こまめに上着を羽織るとか、そういう気遣いをキチンとしておけば、あとは心持ちでどうにかなるものだ。

さて、頭と顔はほぼ通常通りにガシガシ洗えるようになった。ただし、かさぶたは、依然としてある。髭剃りは・・・まだ無理かな。この分では、月曜日には無精髭ぼうぼうで出社する事になるだろう。ある意味、楽しみだ(笑)。
一方の体の発疹は、純粋な水泡は既に姿を消し、いまだにプニャプニャとした触感の膿泡は10個程度。全体としては、ほぼかさぶた化が進行している。ぽりぽりとかきむしったものも、すでに相当数にのぼっている。

ところで、発疹の進行の度合いは、常に外気に晒されている顔が最も早く、次に肩口や腕、胸、背中など、ゆったりとした服を着ていれば比較的通気性のよいところがそれに続く。膿泡が残っているのは、あぐらをかいて生活していると常に隠れている膝の裏や、靴下で覆われている足首、パンツのゴムが密着している腰、どう考えても通気性がいいとは思えない秘部(笑)などの部位だ。してみると、見た目を早くキレイにしたいのなら、裸で生活するのがいいのだろう(嘘)。

月曜日の朝までには、膿泡はほぼ姿を消すと思われ、感染の危険性という尺度からすると、Xデーを4月10日に設定したのは正解だったかも。

みずぼうそう 4月7日(金) いまだ万全には程遠く

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/07(金)  22:00
朝は適当に寝坊し、夕方に昼寝をし、要は自堕落な生活を続けている。
会社に行け!と怒られそうだが、自分の体のひ弱さをよく知る俺としては、何かの拍子に再び発熱するような匂いがプンプンする。相変わらず頭も痛いし・・・。しかし、それにしては、すでに飲み終えているはずの薬が2回分余っている。咽もと過ぎれば・・・という事か。いや、それはイカン。というわけで、わざわざ間食をしてまで、何の脈絡もない時間帯に薬を飲んでみたりする。

この日も子どもたちがいなかったので、カミさんの家事の負担を減らす意味から、夕食は外食と相成った。
しかし、俺自身、この時点での外出には臆病であった。
第一に、顔にはみずぼうそうの痕跡がありあり。果して出歩いていいものかと不安になるが、カミさんに「この程度に顔が汚い人は世の中にゴマンといる」という、喜んでいいのかどうか分からない励まし方をされてしまった。
第二に、純粋に体調の問題。要は頭痛と微熱が気になるわけだが、別に夜風に当たるわけでもない、と自分自身を納得させた。
というわけで、焼き肉を貪り食う。もちろん、ビールを飲んで心地よく酔う勇気はまだない。2人でカルビを500グラム。俺はご飯をお代わりしてしまった。こと食欲に限っては、病人の痕跡はどこにもない。
ちなみに、カミさんの日頃の看病に感謝して、もちろん俺様のおごりである。

しかし、食ってる間は気にならなかった頭痛が、食い終わった途端に、如何ともし難い状況に。焼き肉屋の帰りに薬屋でバファリンを買う。寝る前に熱を測ると、僅かに37度オーバー。ありゃりゃ・・・。これは、絶対にみずぼうそうではなく、普通の風邪だな・・・。

みずぼうそう 4月6日(木) 娘よ、スマン

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/06(木)  22:00
体調的には外出OKとなっているので、体力を持て余すというか、暇で暇でしょうがない。
仕方がないので、エロ画像で溢れそうになっているPCのディスクの整理をしたり、ポケモン銀をしたり、ケーブルTVでWWFを見たりして過ごす。また、窓を開け放って部屋に外気を入れてみたり、洗濯物を取り込んでみたり、新聞を取りに行ったりと、実に控えめながら、社会復帰に向けての慣らし運転を開始した。

ところで、この日は娘に「ごめんなさい」をするところから始まった。

娘の晴れの入学式は10日(月)。これが、息子の入園式と見事に重なってしまうのである(大宮市のバカ野郎)が、甘ったれの3歳の息子が母親抜きで入園式に臨めるとも思えないので、俺が娘の入学式に出席する予定だったのだ。もちろん、会社を休んで。
しかし、このみずぼうそうで、俺は実に10日もの有給休暇を消化してしまう事になる。俺の休暇持ち日数は20日間。俺の勤務先は、12月1日を起点に有給休暇を算出するのだが、昨年の12月以降、みずぼうそう前に消化した休暇が5日間。、ここで10日間を使ってしまうので、11月末までの8ヵ月間に残された休暇日数は、わずか5日間。その8ヶ月間を風邪も引かずに過ごすという事は俺の場合は考えられない(泣)ので、こいつはもうギリギリの線である。実際には前年の未消化繰越し分が累積しているので、制度上は40日分の持ち日数があるのだが、それを使い切る事が、管理職一歩手前の職位にあるサラリーマン的にどのような意味があるのかは、俺は考えたくもない。
それに、丸々2週間休んで、さらに家の事情で休むとは言いにくい。基本的に、俺は休暇取得に関しては「取れる休暇は全部取れ」というタイプではあるが、さすがにねぇ・・・。

そんなわけで、娘の入学式には行けないのである。サラリーマン的論理で、娘には本当に申し訳なく思うのだが・・・。娘はこういう事に関しては聞き分けがあるだけに、余計に胸がつかえる。
ちなみに、娘の入学式はカミさんの実家で対応してくれる事になった。ありがたい話である。

夜、昼間から気になっていた頭痛が激しくなる。頭の中から痛みが来ている気もするし、かさぶたをイジリ過ぎのような気もする。後者ならアホだな~と思いつつ熱を測ると、体温はしぶとく37度を割る36.9度。発熱とまでは行かないが、やっぱりちょっと熱っぽいんだろうな。

まだまだ、調子に乗るわけにはいかないようだ。残り3日間で体調を万全にせねば。

みずぼうそう 4月5日(水) Xデーは4月10日に設定

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/05(水)  22:00
体調には問題なし。体調のバロメーターとなる朝の生理現象も復活だ!(笑)

午後、社会復帰について、休みはじめた時の上司と相談する。
「休みはじめた時」と但し書きを付けるのは、俺は4月から異動(子会社所属から、仕事の内容はそのままに親会社復帰)になっているので、相談の相手はもはや上司でも何でもなく、ただの「子会社の人」に過ぎないという矛盾を孕んだ状態なのである。

蛇足ではあるが、俺は、みずぼうそうになる直前に、旧職場の中計(中期計画)を書きおろしたばかりであった。最初に発熱した3月25日に土曜日出勤したのもそのためである。3月27日の時点で上司が心配していたプレゼンの内容というのも、これに他ならない。いちヒラ社員である俺が中計の作成を任されたという事は、改革の気風に満ちたそれを実行に移す能力と熱意があると認められたという事であり、新年度からは俺を中心に部が動く事になっていたのだが、そんな時期に降って湧いた親会社への復帰話であり、その混乱の中での長期戦線離脱だったのだ。

とにかく、俺は、「平熱が50時間以上持続している事」「この時点での体の発疹は水泡10%・膿泡80%・かさぶた10%である事」という2つの事実をもとに、メールで以下のような趣旨の報告をした。

# 医師からは、2日間の平熱持続で外出OKと言い渡されている。
# 3日の朝を最後に発熱はおさまっているので、このまま推移すれば6日には出社可能ではある。
# 発疹の状況から判断して、他者にうつす可能性はある。
# 感染にそれほど神経質になる事はないが、人間関係的には問題があるかもしれない。
# 感染の可能性を排除するには、あと数日を要する。来週までに可能性が0になるとは言い切れない。
# 以上の要素を考慮して、会社の側で俺の出勤の可否を判断して欲しい。


もと上司からの返信は、予想通りだった。

> あと数日でほぼ回復するのであればそれまで静養してから出社した方が良い。
> 今週一杯休暇をとって来週からの出社が良いと思います。


いくら本人が有能ぶっていても、1週間や2週間は不在でもどうにかなるのが会社である。(笑)

返信の中にある「あと数日でほぼ回復」という一文は、俺の意図が正確に伝わっている事を意味する。つまり、来週まで待てばかさぶた化は進行するだろうが、ある日を境に感染の可能性がなくなるわけではない、そこのところはちゃんと理解しておいてくれ、という訴えを理解しているからこそ、「あと数日でほぼ回復」という表現ができるのだ。(というのは、全くもって俺の推測である)

夕食は、キレンジャーの生まれ変わりである俺の大好物、カレーライス。カミさんの作るカレーがまたウマイんだ、これが。いつもなら2杯半を平らげるところだが、今日は1杯半にとどまった。まだまだだな。(どこがじゃ)

みずぼうそう 4月4日(火) 汚さ大爆発

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/04(火)  22:00
この日は、この原稿の作成に着手するなど、頻繁に体温を測る以外は通常通りの生活が戻ってきた。
家族の不在時に、ダスキンおばさんが換気扇のフィルターを替えに来た。ダスキンおばさん曰く「相当に酷かったでしょ?すごい顔ですよ」。 普通なら頭に来る言葉だが、ここ10日間ほど、家族と医師以外とはほとんど口を利く機会がない俺にとっては、こんな会話でもなにやら嬉しい。もちろん、ダスキンおばさんの明るいお人柄というのもあるのだが。

ところで、眠っている間に「いてっ!」と目を覚ます事がある。
無意識のうちに、顔や頭の中のかさぶたをかきむしっているのだ。鼻の頭の直径1cmにはなろうかという特大かさぶたが、朝、目を覚ましてみると「かさぶたが剥がれ落ちたあとの穴」に姿を変えていたりする。

俺の日々の興味は、完全にかさぶたに移っていた。よせばいいのに、新鮮なかさぶたを剥がしては、顔に新たな穴を発生させてしまう。見たところ、鼻や頬などの、比較的肉厚な部分は治りがよい。反面、こめかみのように皮膚一枚の下は骨というような部位は、かさぶたの跡に皮膚の引きつりが見られるし、穴の塞がり(=皮膚の再生)も遅い。頭皮などは、まさにこれに該当する。よほど慎重に扱わないと、かさぶたを再生産してしまう。あまり乱雑に扱うと、もしかすると数ミリ大のハゲが残るかもしれない。ちなみに俺は、そっちの方の心配は全くないので、けっこう乱雑にかきむしったりしたのだが。

というわけで、俺の枕元は、それまでの「乾いた塗布薬」に代わって、「剥がれ落ちたかさぶた」で満たされる事になる。本人にとっては何やら愛おしい物体なのだが、カミさんは「きったねぇな」と思った事であろう。
同様の現象は、黒いパーカーの肩口に降り積もる「かさぶたフケ」にも見る事ができた。

また、この日から石鹸を用いた洗顔にもチャレンジしてみる。一応、3月29日の深夜以降、毎日シャワーを浴びてはいたのだが(ちなみに我が家の浴室は温風暖房式なので、風邪気味で体を冷やしたくない時には極めて具合がいい。発疹だらけの体や頭を、タオルで刺激せずに乾かすのにも重宝した)、発疹だらけの顔を石鹸で洗うのは勇気がいる事だった。結果は・・・23日の夜以来の無精髭のむこうに、9日分の垢が浮き上がってきただけだった。きっ、汚い。汚すぎるぞ、俺の顔。こいつをゴシゴシと洗う事は、まだできない。

夕食後、体温計が36.9度を指し示す。みずぼうそうウイルスが、最後の悪あがきを始めたのかもしれない。恐ろしい。さっさと寝る事にする。

みずぼうそう 4月3日(月) 社会復帰に向けて前進

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/03(月)  22:00
朝の体温は37度。いまいちだ。

H野クリニックへ行き、F岡医師の診断を受ける。胸部のレントゲンも撮ってみたが、気になるような影はない。それは、昨年の肺炎の時の写真と比べても一目瞭然だ。ほっと胸をなで下ろす。

ならば、という事で、社会復帰に向けての相談をする。俺はいつから会社に出れるんだい?

が、こいつは子供のように「明日からOKです」などという線引きができるようなものではないらしい。子供の場合は「学校保健法」とやらで出席停止の扱いがなされるのだが、大人の場合にはそんなものはなし。俺も誤解をしていたが、こんな大変な思いをするみずぼうそうではあるが、風邪やインフルエンザと扱いは変わらないのだ。

まず、俺自身の体調の問題。
こいつは、発熱さえしなければよい、という事だった。具体的には、2日間続けて36度台をキープする事。熱のぶり返しの恐怖におののく俺にとっては、実に妥当な判断である。水曜日まで熱が出なければ、その時点で普通の生活に戻してよし、外出もOKと宣告された。重ねて言うが、これはあくまでも俺の体の事のみを考えての話である。

じゃあ他に何の問題があるというのか。それは、他者への感染の問題である。

医学的には、発疹がすべてかさぶたとならなければ、他者への感染の危険性は残る。しかし、現実問題として、ほとんどの大人はみずぼうそう経験者なので、例えば妊娠の可能性のある女性との接触に気を使うなどすれば、そう神経質になる事もない。と言うか、みずぼうそうは「法定伝染病」ではないので、感染の可能性を厳密に論じる事には意味がないのだ。風邪を引いた人に対して、「あなたは、他人に風邪を移す可能性があるから外出してはいけません」などという医師はいない。大人のみずぼうそうとは、そんな程度のものなのだ。なんか納得が行かないが。

したがって、社会復帰は、医学的な見地だけではなく、社会的見地からも判断される事になる。
この話は、日を改めて会社と相談する事にしよう。

みずぼうそう 4月2日(日) 肺の痛み・・・新たな危機?

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/02(日)  22:00
甘かった。
朝、体温が38度台に上昇する。

さてここで、唐突ではあるが、発疹の変遷を辿ってみよう。
(1)赤ポッチ・・・これ自体は、どうって事はない。
(2)水泡・・・赤ポッチの中に水が入り、パンパンに膨れ上がる。
(3)膿泡・・・発疹の中が黄白色の膿で満たされる。
(4)かさぶた・・・膿がいつの間にかかさぶたになる。

みずぼうそうで発熱するのは、基本的には上記(2)の水泡期まで。発疹の発生とともに熱が出きってしまい、あとは発疹がかさぶたになるのを待つばかり・・・というのが通常の手順らしい。したがって、新たな水泡の発生がない状況では、熱が出る事はないはずなのだが・・・。

気になっていたのは、3月25日の時点での咳と熱。これがみずぼうそうと直接関係しているかどうかは謎だが、俺の感覚では、どうも別物のような気がする。いままではみずぼうそうの陰に隠れていたが、みずぼうそうが回復基調に向かっている今、裏で動いていた咳と熱が表舞台に現れたという感じか。

熱は次第に下がった。しかし、咳と、咳をした際に感じる右胸の痛みは消える事がなかった。右胸の痛み、それは昨年の12月に肺炎を患った際に感じた痛みと同じ物だ。肺炎を併発なんて、勘弁して欲しい・・・。
咽も痛い。咀嚼した食べ物を嚥下するのもおっくうになるぐらいだ。みずぼうそうに口内炎は付き物だが、その炎症が咽の奥にまで発生したような感覚だ。

と、なんとなくイラつく展開の中、カミさんが笑いを提供してくれた。この日はマンションの平成12年度役員の抽選日。当然、カミさんがクジを引きに行ったのだが、あっさりと当たりを引いてきやがったのだ。
・・・まあ、1週間も家にいると、いろいろとイベントがあるものだ。

みずぼうそう 4月1日(土) 病状は沈静化

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/04/01(土)  22:00
この日は、前日の流れを引き継いで、落ち着いた1日だった。熱は、上がっても37度の前半。
昼間はJリーグをTV観戦してみたが、つまらない。それはもちろん、俺の体調が悪いから楽しめないのではなく、J1に興味が持てないから楽しめなかっただけの事だ。
かといって、インターネット上のエロサイト巡りをするほど元気というわけでもない。

かくして、俺の当面の興味は、顔のかさぶたをはがす事となった。この時点での俺は、顔はかさぶた80%、体は水泡80%といった具合で、なぜだか顔の方が進行が早く、みずぼうそうに罹患している事を外部に派手にアピールしていたのだが、やはり顔の惨状は気にならないわけがない。
もちろん、かさぶたは放っておくのがイチバンである。かさぶたをはがすのが早すぎると雑菌に感染するし(俺は爪を切り、キレイに手を洗ってから顔をイヂるという正しい?手順を踏んだのだが)、傷痕が残る可能性も大きい。

それにしても、このかさぶた、甘く見ない方がいい。なんというか、皮膚深く食い込んでいるのである。皮膚の表面をすりむいたのとは訳が違う。まあ、体の中から出来上がってくる発疹がベースなので、無理もない話なのだが。

例えば、顔の表面に1ミリのかさぶたの盛り上がりがあるとしよう。これをはがし取ると、そこには2ミリの陥没ができるという具合なのだ。あるいは、皮膚が引きつったりしている事もある。子供なら、そんなものは苦もなく再生されるのだろうが、30過ぎたオヤジの皮膚が、そんなに再生力に富んでいるとは思えない。表面上は平らになったとしても、酒を飲んだらそこだけ赤くなるようなかたちで跡が残る事は充分に考えられる。こうなると、化粧だけでごまかせるとも思えないので、女性においては、ここは我慢に我慢を重ねて、かさぶたが自然に剥がれ落ちるのを待つべきであろう。


・・・てな話題しかないぐらい、平穏な1日だった。全快は近いか?

みずぼうそう 3月31日(金) 「眠れない夜」からの開放

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/31(金)  22:00
朝いちの体温は38度の後半。癖になるのも嫌なので、座薬は我慢。カミさんがH野クリニックへ電話するが、様子見と言われる。俺自身、病院に行く事よりも眠る事を優先したかったので、この処置に文句はない。
それにしても、なんとなく希望が見えてきたところで律義に発熱されてしまうと、なんだか泣きたくなる。
がんばれ! 俺の体!

この日の午前中、子どもたちはカミさんの実家へ。リビングの隣の和室で休む(寝室は寒いし、暗いし、気が滅入る・・・)父親の安静の妨げにならないように・・・というのが表向きの理由。実際のところは、続く高熱と痒みでイラつく暴君の怒鳴り声から子どもたちを守るためである。
(と、俺は推測している。なにしろ高熱の時には家族中に当たり散らしたから・・・)

しかし、この静寂はありがたかった。本当に久しぶりの2時間の熟睡。薬で汗をかき、着替えてからまた2時間。メシを食って、さらに3時間。カミさん曰く「爆睡してたよ」。
痒みがなければ眠る事ができる。とにかく俺は眠いのだ。なにしろ、この48時間で2時間しか眠っていないんだから。その前だって、寒い暑いと1時間おきに目が覚めるような状況だったわけだから、もう限界である。熱も37度台前半に落ち着き、なんとか人心地ついたのがこの日だった。

顔が酷い状況だったのでトレーナー(かぶりもの)の着脱には苦労していたが、カミさんにユニクロで前ファスナーのパーカー(\2,900)を購入してもらい、この日から使用。ポイント高し。
なんとなくゆったりとした気分でこの日送られてきた「ホームページデビュー」(インプレス社刊)を読んだりしてみる。←俺の生写真も掲載されているのだが、発疹のない顔って、美しい(笑)。
ゲームボーイの「ポケットモンスター・銀」をする余裕も出てきた。四天王は手強いぜ。
熱がそこそこに下がり、痒みが軽くなれば、みずぼうそうごときにさしたる問題はないのだ。(よく言うよ)

唯一の問題は、抗ウイルス剤の副作用が出たのか、食欲不振に陥った事ぐらいだろうか。と言っても、インスタントラーメンの汁まで飲み干していたのが、汁を丼の底2cmほど残すようになったとか、そんなレベルの話だ。
今回のみずぼうそうでは、一貫して食欲があった。さすがに「おかわり~」なんて事はなかったが、おかゆなんてとんでもない。家族と同じメシを、いつもの8割方の分量で、しっかりと食った。稼ぎに行かずにメシだけは食らうのだから、これはもう立派なゴクツブシである。

週末を安心して過ごすために、夕方、H野クリニックへ。F岡医師より「発疹の山は越えた」宣言あり。抗ウイルス剤が効いたのか、放っておいても回復基調になったのかも、判然とはしないが・・・。
それに、「山越え」は新たな発疹はこれ以上は出ないだろうという意味で、全回復までには、まだ過程を踏んでいかなければならない。留意点としては、高熱で肺炎や脳炎(カミさんは「わけの分からない事を言わないかどうか注意して下さい」と言われていたが、残念ながら、わけの分からない事を全く言わなくなってしまっては、俺が俺でなくなる)を併発しないか、発疹が黒ずんだり青っぽくなったりしていないか(二次感染による壊死)、といったところだろうか。

みずぼうそう 3月30日(木) 本格治療開始で一筋の光明

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/30(木)  22:00
眠ったと思ったら、目が覚めた。三たび39度台である。
前夜は眠れなかった事もあって1時間おきに体温を測っていた。ずーっと平熱だったのだが、眠る直前の午前5時には37度台後半に体温が跳ね上がっており、ただでは済まないとは思っていたのだが・・・。

点滴は、所詮は付け焼き刃に過ぎなかったのか。前日のH本医師の処置を基本的には信頼していなかった俺は、F岡医師の診断を欲してH野クリニックに向かった。

F岡医師は、俺の顔を見て、驚いたようだった。思っていた以上に症状が重い、という事だ。
「うーん・・・もっと厳しくいっておけば・・・」 後の祭りである。
と同時に、F岡医師の口から出た言葉は衝撃的であった。
「昨日の処置は、疑問だなぁ・・・」

つまり、こういう事である。
27日の時点で、抗ウイルス剤の投与を検討した。28日には、N里病院の医師が抗ウイルス剤の点滴を薦めている。しかし、29日になされた点滴は、何の変哲もない「ステロイド剤+抗生物質」(どうりで安いはずだ)だった。
この組み合わせは、以下のような作用をするらしい。
(1)ステロイド剤で熱を下げる。ただし、免疫機能が低下する。
(2)そこで、抗生物質で免疫機能をサポートする。
この組み合わせで、大概の発熱は治まる。事実、俺も熱は下がった。しかし、この薬でみずぼうそうのウイルスは殺す事ができない。発熱の対症療法としてはよいが、みずぼうそうの治療にはなっていなかったのである。

なんてこった。

そんなわけで、「遅れ馳せながら」ではあるが、抗ウイルス剤(ゾビラックスという錠剤)の投与を開始した。これが3時間に1回。あと、食後に2種類の解熱剤と、レフトーゼという炎症を抑える薬。さらに2種類の痒み止め。前日にH本医師が処方したバレオンという薬は「意味がない」という事でパス。もう、薬でゲップが出そうである。

熱は、37度台の前半で落ち着いた。ケーブルテレビで浦和戦の生中継を楽しむ事もできた。ホームページの更新もしてみた。
しかし、痒みは変わらない。前夜が100なら、今夜は95。
高熱で唸っている時には「熱さえ下がればなんでもいい」と思っていたのだが、二晩続けて眠れないような状況では「痒みさえなくなれば熱が上がってもいい」とさえ考えてしまう。

が、明け方、状況は変わった。気が付くと、痒みが軽くなっている。顔全体の腫れも引き、とりあえず平時の輪郭が戻ってきた。体を確認してみると、やはり発疹が出ていない部分は肌色が復活している。
(裏返せば、それまでは体全体が赤くむくんでいたという事だ)

♪もしかして、回復の兆しが出てきたかぁ?
喜び勇んで横になった俺を、またも悪寒が襲ってきた・・・。

みずぼうそう 3月29日(水) 発熱に生命の危機を予感

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/29(水)  22:00
俺自身、子供の頃から熱を出しやすい方で、40度オーバーの勲章も持っている(なんだそりゃ)。
熱にうなされながら、一瞬、真顔で「西ってどっち」と母親に訊ねたというエピソードもあるらしい。ちなみに「西」というのは、黄泉の国とか西方浄土とか、とにかく死者にとっての象徴的な方向とされる。右や左という概念も理解していないガキが、いきなりこんな事を口走るのだから、母親としてはたまったものではなかっただろうという事は、二児の親になった今だから推察できる事だ。

明け方、体温は遂に物心ついてから最高の(そしてたぶん、「西ってどっち」事件以来の)

39.7度

に達していた。
おかしな事を口走るような状況になる前に、速攻で座薬である。
大人になってからのみずぼうそうは死ぬほど辛いというが、それにしても、こんな数字を目の当たりにすると、生命の危険を感じる。いやマジで。

診療開始と同時に、H野クリニックに飛び込む。顔見知りの看護婦のN岡嬢の顔には、「あらまぁ~」と書いてある。
「大きくなってからだと大変よね~」 けっ、楽しそうな顔しやがって。しかし、それに反撥する気力はない。

この日は水曜日。担当は、例のH本医師である。熱で朦朧としながらも、前夜のN里病院の医師の言葉も含めて、今の窮状をいかに正確に伝えきるかに腐心した俺であったが、どうも伝わっていないようだ。看護婦が抗ウイルス剤の点滴を用意しようとしているのに、別の指示をしてやがる。テメェ何やってやがんだよ!

・・・などと言えるはずもなく、高熱で体力を消耗していた俺は、点滴を受けている間に眠ってしまった。すぅ~・・・

結局、この日は夕方にもう一本同じ点滴を受けた。新たな解熱剤(セデス)の効果もあってか、昼前には37度程度、夕方には36度台の平熱を取り戻していた。点滴は、さすがに劇的に効く。点滴一発で500円しかしないというのは腑に落ちないが、とりあえず、生命の危険は去った。

熱さえ下がればこっちのものだ。一気に上機嫌になった俺は、マンションのケーブルテレビ設置工事に来たユーアイネット埼玉の営業マン氏の口車に易々と乗せられ、その場で即ご契約。もちろん、家に上がってもらう際には「みずぼうそう、やってます?」と訊ねるのを忘れない。午後には会社と連絡をとる余裕も出た。

が、新たな苦悩が俺を徹底的に悩ませた。それは、猛烈な痒みである。
とにかく顔が痒い×1億。掻いちゃいけない事はわかってはいるが、手が自然と顔に伸びてしまう。頭の中も痒い。背中も痒い。痒み止めの薬など、屁の役にも立ちゃしない。冷やせば痒みが落ち着きそうな気もするが、「発疹を冷やしてはいけない」と言われている。つまり、打つ手なし、である。


塗布薬も悩みの種になりつつあった。
子供たちが皮膚科からもらってきたのは無色透明のオイルっぽいやつ(塗ると顔がテラテラ光った)だったが、俺の薬は、見た目といい触感といい匂いといい、白い絵の具としか表現のしようがないシロモノである。
ちなみに、発疹は全身にくまなく広がっており、体表面の全面積に占める普通の肌色の割合は2割程度という有り様であるからして、必然的に全身塗布薬だらけであるが、こいつは塗ったそばから乾いていき、体からパラパラと落ちていく。気がつくと、家の中は、俺の体から剥がれ落ちた薬のカスだらけになっていた。まあ、それは掃除すれば済むのだが、何かの拍子(例えば、背中の痒み耐えかねて、Tシャツを「ばふばふばふ」とした時)にTシャツの襟元から立ち上る薬の臭気には閉口した。それに、何を食っても塗布薬の味しかしない。一日中、絵の具を食ったり匂いを嗅いだりしていたようなものだ、と言えばお分かり頂けるだろうか?

せっかく熱が下がったのに、眠れない。
平熱に下がったのをいい事に、ぬる目のシャワーで全身の薬を洗い流してみた。が、何も変わらなかった。変わったのは日付だけである。ようやく眠りに就いたのは、空が白んできた頃だっただろうか・・・。

なお、俺が死にそうな目に会っている間に、俺より1日早く発症した息子は完治した。若いっていいなぁ。

みずぼうそう 3月28日(火) 症状悪化、鬼気迫る「山海塾」

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/28(火)  22:00
この日も発熱との戦いである。いや、正確に言うと、ほとんど記憶がないのだ・・・。

とにかく、解熱剤の効きが遅い。つーか悪い。とりあえず平常でいられる37度台で解熱剤を飲んでも、38度台後半まで熱が上がり、意識が朦朧としてくる。震えと大汗が2時間おきにやってくる。
「こいつはインフルエンザなんかとは訳が違うぞ」と思い知らされ始めたのもこの日だ。

一方、発疹そのものも相当に酷くなってきていた。
多数の発疹で顔全体が赤く腫れ上がり、そこに白い絵の具が塗りたくられた様は、すでに奇怪なる様相を呈していた。あえて言うなら瀕死の山海塾といったところか。発疹と、木曜日の夜を最後に剃っていない無精髭の影響で、塗布薬のノリも悪い。おカマの人は化粧に苦労しているという事が実感できた。
いずれにせよ、とてもじゃないが、人様の前に出られるようなご面相ではない。その時の写真を掲載しても俺自身は構わないのだが、たぶん、食欲をなくす方が出ると思われるので、やめておく。そんな程度に奇怪である。
が、発熱のヤバさから比べると、そんな事は大した問題ではなかった。
夜7時過ぎ、体温計は39度を突破した。H野クリニックに電話したが、すでに診療時間は終わっている。そこで、H野クリニックの親病院であるN里病院に電話してみると、ラッキーな事に、時間外であるにもかかわらず看てくれると言う。もちろん、このへんのやりとりは、全てカミサン任せである。なぜって、私自身は既に正常な思考などできない状態だったからだ。

カミさんの運転する車で赴いたN里病院では、「明日、抗ウイルス剤を点滴してもらって下さい。夜間にするような点滴じゃないんで」とのお言葉(たぶん、副作用が急激に出るんでしょう)と、「それにしても、すごいねぇ」という笑顔の賞賛と、解熱用の座薬をもらっただけであった。
しかしまあ、いくぶんかは気楽になった。座薬は嫌だが、高熱で死ぬよりは1億倍マシである。

この日はさすがにほとんど食事を取っていない。ただし、発熱時のお約束として、水分は採りまくった。
ちなみに、医師が「ポカリスエット飲んで下さいね」と言うのは、ポカリスエットが大塚製薬製であるという事以外に理由はないらしい。俺のお気に入りは、ポカリではなくアクエリアス・クリアレモン。ポカリや普通のアクエリアスは、なぜかお腹が張ってしまうのである。このアクエリアス・クリアレモン、あまり数が出る商品ではないとみえて、近所のコンビニにおいてあるものを我が家で買い占めてしまうと、なかなか次回ロットが入荷せず、離れたコンビニまで遠征して買い求めるのであった。

みずぼうそう 3月27日(月) 地獄の苦しみスタート

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/27(月)  22:00
予想どうりと言うか何と言うか、朝から熱が出でいた。38度。咳も出る。みずぼうそうって、咳は出るんだっけか?

H野クリニックへの出掛けに、会社に電話を入れる。
俺様「みずぼうそうかもしれないんで、とりあえず病院に行きます。たぶん、何日かは休みになると思います」
部長「水曜日のプレゼン、俺、一人でできるかなぁ?」 知るか。

この日の担当医は、月・火・木・金担当のF岡医師。こちらの先生は、症状や治療方針、投薬について詳しく説明してくれる。患者の素人質問にも答えてくれるので、評判は上々だ。俺としても、信頼している。
そのF岡医師が、俺の体を一瞥して「あっ」と声を発した瞬間、単なる風邪であって欲しいという俺の甘い希望は粉々に消し飛んだ。
診断結果は、「言うまでもなく、みず・ぼう・そう!」であった。カミさんといいF岡医師といい、なんでそんなに楽しそうに言うのだ。まあ、俺も3日前に息子がみずぼうそうになったと聞いた時には大笑いしてしまったのだが。

症状を抑えるための抗ウイルス剤の投与も検討したが、副作用が激しく(吐き気・動悸・めまい等)、値段も張り(即効性のある点滴だと、差し迫った生命の危険がない状況では保険がきかない)、なにしろその必要もないだろう(この時点で小さな水泡が3個。軽く済みそうとの所見だった)という事で、悩みに悩んだ挙句、解熱剤・かゆみ止め・水泡への塗布薬といった対症療法で凌ぐ事にした。

後悔するとすれば、やはりこの決定に尽きるだろう。抗ウイルス剤の単独の値段は不明だが、保険のきく錠剤を1週間投与したとして、たぶん1万円ぐらいではないだろうか。これで症状が軽く済むのなら・・・医師に「抗ウイルス剤ってのは、どうですか?」と逆提案しても、バチは当たらないだろう。

病院から帰ってきて「みずぼうそうだってさ・・・」という俺に対し、息子が
♪おと~しゃ~んも~、み~ずぼ~そ~
♪おと~しゃ~んも~、み~ずぼ~そ~
♪おと~しゃ~んも~、み~ずぼ~そ~
というオリジナルソング(振り付き)で応えてくれた。しかし、この頃には、もはや怒る気力も失せつつあった。症状が急速に悪化しつつあったからである・・・。

熱が上がるとともに猛烈な悪寒。パジャマの上にトレーナーとスウェットパンツを着込み、ニット帽までかぶり、それでも足りず寝室にストーブを点し、解熱剤で37度台まで持ち直し・・・。
この繰り返しで、この日は暮れていった。


そんなわけで、半月程前に出演依頼があった(本当)「関口宏のなんたらかんたら」を見る事もできなかった。しかし、本当の苦しみは、まだこの先にあった。

みずぼうそう 3月26日(日) ついに発症・・・!

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/26(日)  22:00
解熱剤の効果もあってか、前夜には38度あった体温は、この日の夕刻には平熱に戻っていた。
深夜の「速報J2」を見たと言えば、体調に何の問題もなかったという事がご理解頂けるだろう。

しかし、カミさんは見逃さなかった。俺の体にある赤い水泡を!
それを嬉しそうに指摘したカミさんは、さらにたたみかけるように、「こ~りゃ決まりだわい」と無邪気に言い放つ。

俺は否定した。が、次の瞬間、マズイ、と思った。
なぜなら、自分の舌が、下唇の内側にある発疹を探し当ててしまったからだ。

・・・・・・明日は朝いちで病院に行こう。

みずぼうそう 3月25日(土) 謎の発熱開始

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/25(土)  22:00
久しぶりの土曜日出勤から帰宅後、ホームページの更新作業中に、異様な疲労感を覚え、その日の不定期コラムに「疲れたから寝よ」と書きなぐりアップした俺は、就寝前にひとっ風呂浴びたものの、体が全く温まらない。
しばらくしてから熱を測ったら・・・・・・38度。

「なんだ、疲れてるんじゃなくて、風邪か」

俺としては、この時点ではみずぼうそうの可能性など全く考えていない。
「子どもの頃、姉がみずぼうそうになった後、あんたの体にも2つ3つポツポツ出たから大丈夫でないかい?」という、俺の母親の証言が、根拠の全てである。もちろん、これは間違いであった。

みずぼうそうをやったかどうか、自信のない人は、「やってない」と思っておいた方が無難である。
そう思っておけば、予防注射とか、罹患者には近づかないとか、それなりに対策を取る事はできるはずだ。

ちなみに、予防注射は、罹患の際に軽く済む程度の効果しかないらしい。1万円札が飛んで行く程度には値が張るらしいが、後になって死ぬ思いをしたくなければ絶対にやっておくべきである!
また、「罹患者に会社を休んでもらう」「法的に出席停止にさせる」当の手段により、罹患者との接触を断つという事は、社会生活的にはある程度可能であろうが、家庭生活的には事実上無理であろう。例えば・・・
食事の時も一人で食べさせる事ができるか?
トイレの始末ができない子供が「うんち~!」と叫んだ時に放っておけるか?
症状がひと段落ついた時にシャワーでも浴びさせてあげようと思わないか?
しかし、だ。俺のように一緒に寝たり風呂に入ったりするのは自殺行為であり、そういったレベルでの注意はできるだろう。親が子供に近づかないようにする事はできても、子供を親に近づかないようにする事はできないのだ。幽閉でもしない限り。

とりあえず、この夜は、10日ほど前に私自身が発熱した時に病院からもらっていた解熱剤(錠剤)を飲み、寝る。

みずぼうそう 3月24日(金) 「みずぼうそうの潜伏期間は10日から2週間程度ですよ」

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/24(金)  22:00
娘の発症からちょうど2週間が経過したこの日、息子の体に発疹が現れた。が、娘が罹患した時に、冒頭の言葉をM本皮膚科の医師から聞いていたので、親としては「おぉ、来たか」ぐらいのものだ。
それに、男の子なら、顔に跡が残ったからと言って、どうという事もない。

彼の方は、最初の晩だけ発熱した。38度程度。3歳のガキには、ちょっと熱っぽいぐらいのもので、大騒ぎするような数字ではない。

みずぼうそう 3月10日(金) 地獄への招待状、音もなく舞い込む・・・

みずぼうそう ] TB:- | CM:- | 編集  2000/03/10(金)  22:00
■注意1
このページはサッカーとは全く関係がありません。単なる私の「34歳みずぼうそう体験記録」のページです。(わっはっは!)
ごみページですが、「みずぼうそうに罹った事のない大人の方」には、もしかすると、ほんの少しだけ役立つかもしれません。

■注意2
表現中に、医学的な事も書かれていますが、あまりアテにしないで下さい。
「ツライ」とか「苦しい」とか、そういうところだけを読んで頂ければ、みずぼうそう苦痛体験伝承者的にはOKです。


幼稚園の卒園式間近の娘の体に、ポチポチと赤い発疹。
我が家に「みずぼうそう」が初お目見えしたのは、3月10日(金)の事だった。

翌11日(土)、我が家行き付けの近所のH野クリニックで診察を受ける。が、水・土曜日を担当しているH本医師の診断は「わかんないけど、みずぼうそうじゃないと思う」であった。
が、みずぼうそうを確信していたカミさんは、その足でM本皮膚科へ直行。そこで一発でみずぼうそうと診断される。

この、頼りないH本医師は、この後も重要な局面で登場するので、読者の皆さんは忘れないように(笑)。

なお、当の娘は、体中に数える事ができる程度の数の発疹ができただけで、発熱も全くなく、3月17日(金)の卒園式には奇麗な顔で出席する事ができた。
子どもにとってのみずぼうそうなんて、こんなもんだ。
  1. 無料アクセス解析
NEXT GAME
Twitter Updates
外部リンク
備忘録
  • 端野福井的な何か
  • ライフプラン
------------------------------
  • パソコンデスク
    もうちょっと壊滅的に壊れたら
  • エレクター廃却
    (未定) *
プロフィール

Kinu & GEN
開設 日目 ('97/12/12~)

カレンダー
12 | 2017/03 | 01
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
更新情報(blog)
最新トラックバック
最新コメント
ブログ内検索
Categories
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。